ショタパパ ミハエルくん

京衛武百十

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第三幕

回想録 その4

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低温と低酸素という極限の状態でも、正直、本当に<死>を意識するほどのことはなかった。自分の生態活動を抑制しつつ細胞が凍り付いてしまわないように最低限の温度は保つという形を取れば、ただの苦痛でしかない。

単なる苦痛では、僕達吸血鬼は折れることもない。

それよりはやっぱり、

『これでも死ねないのか……』

という思いが強かったかな。

そして到着した日本は、僕にとってはとても不思議な<世界>だった。そう、<国>というよりも、<世界>なんだ。まるで別の世界に来てしまったかのような何とも言えない違和感に囚われた。

日本には<八百万の神々>という考え方があって、この世の万物全てに<神様>がいるという。

しかもそれは、いわゆる<宗教>という感じじゃなくて、それ以上に身近な、哲学と言うか死生観と言うか、日本人のメンタリティそのものの根幹に根付いた何かなんだっていうのが今なら分かるかな。

『この世の全てを尊重し敬うことこそが、この世界を成り立たせる』

ということを端的に表現しているのが、この、<八百万の神々>っていう考え方だと僕は感じた。

そんな不思議な国で、気配を消してたはずの僕に気付いた女性<アオ>に、僕は『拾われた』んだ。

気配を消している吸血鬼に気付く人間も、ごく稀にだけといるという。僕が初めて出会ったそれが、アオだった。

だから僕は、つい、彼女に甘えてしまった。

そして僕達は、人間が認めてる<法律婚>じゃないけど、<結婚>したんだ。彼女以上の女性には、たぶんもう出逢えないだろうなっていう予感があった。

もちろん、女性と親しくなるのは、吸血鬼である僕には難しくない。でも、アオとの関係は、ただ『親しい』だけとは違うんだ。僕自身の根幹が、彼女と共にあるから。

この時の僕は、人間で言うなら十歳くらいの子供と変わらない見た目で、吸血鬼としてはまだまだ『幼い』と言われる範疇だったけど、それでも生きてきた時間だけで言えばアオの祖父母と変わらない年齢だったからね。アオが求めてくれるなら、僕がそれを拒む理由はなかったんだ。

何より彼女は、『人間のままで』僕を愛してくれた。吸血鬼を愛した人間の多くは、<眷属>となって吸血鬼に準じた存在になることを望むのが多いらしい。

けれどアオは、あくまで人間として、吸血鬼の僕を愛してくれたんだ。

自分と相手が違っていることをまるで<悪>のように捉える人間が多い中で、彼女は『違っていること』をそのまま受け入れてくれた。

だから、おそらく間違いなく僕が彼女を見送ることになると思う。

でも、それでいい。彼女の決断を、僕も尊重したい。

<別れ>はきっと悲しいけれど、それ自体が<命>というもののはずだから。

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