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第二幕
恵莉花の日常 その12
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自分が母親だと思っていたベビーシッターが突然来なくなったことは、千華の問題行動にさらに拍車をかけたようだった。
彼女自身、まだ子供だったゆえに自身の気持ちにもはっきりと気付いていなかったのだろうが、
『裏切られた』
『見捨てられた』
という認識だったらしい。
新しく来たシッターを、
「無能!」
「クズ!!」
と罵り、用意した食事には、
「こんな虫の餌が食えるか!!」
などと痛罵しながら殺虫剤を噴射したりと、傍若無人を絵に描いたような振る舞いをしてみせたという。
もっとも、その姿は、彼女の実の母親そっくりだったが。殺虫剤の件も、母親がデザイナーを務めるアパレルメーカーにおいて、部下が準備した生地を見て、
「こんな虫臭いものを私に使えって!?」
とキレて殺虫剤をぶちまけたということがあった。千華は実の母親のその行状をまったく知らずに、ほとんど同じことをしてみせたのだ。たまにしか顔を合せない程度にしか見ていないはずなのに、実の母親が、千華が母親だと思っていたベビーシッターに行う仕打ちがよっぽど心に残ったのだろう。
家でもそんな調子なので、学校ではそれこそ、
<ここ十年で一~二を争う屈指の問題児>
とまで、教師の間では言われてたようだ。
だが、そんな彼女が、突然、大人しくなった時期があった。
それは、千華が母親だと思っていたベビーシッターが突然彼女の前から姿を消してから一年後。小学校の六年生に上がる直前から、六年の一学期の間である。
と言うのも、件のベビーシッターが亡くなったことを、SNSを通じて知ったからだ。
ベビーシッターが所属していた会社のSNSのコメント欄に、
『○○さんが亡くなったって本当ですか!?』
という書き込みがされ、それを機に、
『え? ○○さん亡くなったの!? ウソ!!』
『母が闘病中の二年間、○○さんにはお世話になりました。すごく優しくて熱心なシッターさんで、私も将来、彼女のような母親になりたいと思っていたのに……』
『ショックです……ご冥福をお祈りします……』
と、いくつものコメントが寄せられたのを、千華も見てしまったのだ。どうして急に辞めたのか実は気になっていて、何度かその会社のSNSを覗いていたがゆえに。
それによると、千華のベビーシッターを辞める少し前に乳がんが判明。抗がん剤治療が始まったことでそれまでと同じように仕事ができなくなるのを悟り、身を引いたというのが事実だった。
千華には心配を掛けまいと何も言わなかったことが裏目に出てしまった形である。
「あ……あああ……うわぁあああぁぁーっ!!」
決して裏切られたわけでも見捨てられたわけでもなかったのに勝手にそう思い込んで一方的に恨んでいたことを知った千華は、その後、三日間、自分の部屋から出てこなかったそうだ。
彼女自身、まだ子供だったゆえに自身の気持ちにもはっきりと気付いていなかったのだろうが、
『裏切られた』
『見捨てられた』
という認識だったらしい。
新しく来たシッターを、
「無能!」
「クズ!!」
と罵り、用意した食事には、
「こんな虫の餌が食えるか!!」
などと痛罵しながら殺虫剤を噴射したりと、傍若無人を絵に描いたような振る舞いをしてみせたという。
もっとも、その姿は、彼女の実の母親そっくりだったが。殺虫剤の件も、母親がデザイナーを務めるアパレルメーカーにおいて、部下が準備した生地を見て、
「こんな虫臭いものを私に使えって!?」
とキレて殺虫剤をぶちまけたということがあった。千華は実の母親のその行状をまったく知らずに、ほとんど同じことをしてみせたのだ。たまにしか顔を合せない程度にしか見ていないはずなのに、実の母親が、千華が母親だと思っていたベビーシッターに行う仕打ちがよっぽど心に残ったのだろう。
家でもそんな調子なので、学校ではそれこそ、
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だが、そんな彼女が、突然、大人しくなった時期があった。
それは、千華が母親だと思っていたベビーシッターが突然彼女の前から姿を消してから一年後。小学校の六年生に上がる直前から、六年の一学期の間である。
と言うのも、件のベビーシッターが亡くなったことを、SNSを通じて知ったからだ。
ベビーシッターが所属していた会社のSNSのコメント欄に、
『○○さんが亡くなったって本当ですか!?』
という書き込みがされ、それを機に、
『え? ○○さん亡くなったの!? ウソ!!』
『母が闘病中の二年間、○○さんにはお世話になりました。すごく優しくて熱心なシッターさんで、私も将来、彼女のような母親になりたいと思っていたのに……』
『ショックです……ご冥福をお祈りします……』
と、いくつものコメントが寄せられたのを、千華も見てしまったのだ。どうして急に辞めたのか実は気になっていて、何度かその会社のSNSを覗いていたがゆえに。
それによると、千華のベビーシッターを辞める少し前に乳がんが判明。抗がん剤治療が始まったことでそれまでと同じように仕事ができなくなるのを悟り、身を引いたというのが事実だった。
千華には心配を掛けまいと何も言わなかったことが裏目に出てしまった形である。
「あ……あああ……うわぁあああぁぁーっ!!」
決して裏切られたわけでも見捨てられたわけでもなかったのに勝手にそう思い込んで一方的に恨んでいたことを知った千華は、その後、三日間、自分の部屋から出てこなかったそうだ。
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