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第二幕

怖い夢

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その日、椿つばきは夢を見た。

父親と兄と姉が<ゾンビ>になって自分と母親を襲う夢だった。

「やだ! やめて!! パパ! お兄ちゃん! お姉ちゃん!!」

必死に懇願するのに、その声は届かない。

「逃げて! 椿!!」

母親が、父親や兄や姉の前に立ちはだかって声を上げる。

その母親に三人は容赦なく襲い掛かり、貪っていく。

「やだ! やだ!! やめてえええええっっ!!」

必死に叫んだ時、叫んだと思った時、一気に覚醒して、それが夢だと悟った。

悟ったと同時に、

「大丈夫、大丈夫だよ、椿……」

半覚醒状態の彼女の耳に届いてくる、柔らかくて穏やかで、でも何よりも心強い声。

『パパ……?』

ミハエルだった。ミハエルが、うなされている椿に気付いて懸け付けてくれたのだ。

そっと体を撫でられ、そちらが本物の自分の父親であり、先ほどまでのはただの夢、悪夢でしかないことを悟って、椿は心の底から安堵した。

そう。ミハエルはこうやって子供達が怖い夢を見ているだけでも駆け付けてくれて救い出してくれるから、子供達は自分が愛されているという事実を疑う必要もなかった。

けれど、それと同時に、父親のミハエルと兄の悠里ユーリと姉の安和アンナは、それぞれ吸血鬼とダンピールという、人間からすれば<怪物>と称されることも多い種族であることも事実だと知っている。

普段は意識することもないけれど、気にはしてないけれど、それでも厳然たる事実として、まぎれもなくそこにあることを、まだ僅か十一歳でありながら理解していた。

だから、無意識の領域には、心の奥底には、やはり不安として確かに存在してるのだろう。

だけどミハエルは、そんな彼女の不安を、見て見ぬフリはしない。たとえ僅かではあってもそれが存在することをしっかりと理解して、向き合うことを放棄しなかった。

それこそ赤ん坊の頃から。

赤ん坊は弱い。一人では決して生き延びることができない。僅かに飢えてしまうだけでも命を落とす可能性が高いし、些細な体調の変化でも命に関わるし、不潔な状態で放っておかれれば、やはり病気を患い命を落とす可能性が高い。

だから泣いて、自身が平穏な状態でないことを親に伝えようとする。

それを無視するというのは、

『命の不安を感じるほど飢えている』

『命の不安を感じるほどに体調に異変がある』

『命の不安を感じるほどの恐怖を感じている』

という訴えを無視するのと同じなのだろう。

大人でも、それらを必死に訴えているのに無視されたらどんな気分になるだろう?

ミハエルはそれを思うからこそ、子供達の不安さえ軽んじることはしないのだった。

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