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第二幕
ミハエルの日常 その10
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ミハエル自身、自分が『甘え』ている自覚はある。
吸血鬼でありながら人間との間に子を生したこと自体が、最大の『甘え』だろう。
幸い、上手くいったから、子供達も自身の生まれを恨んだりしていないから良かったものの、
『ダンピールは、吸血鬼への激しい憎悪と共に生まれてくる』
という<迷信>が万が一本当だった場合、親への激しい憎しみを抱いた子供をこの世に送り出すという取り返しのつかないことをする羽目になるところだったのだから。
いくらセルゲイの研究から得られた仮説があったとはいえ、
実際に<エンディミオンというダンピール>の在り様を間近で見てきたとはいえ、
所詮、仮説は仮説、その仮説を我が子で実証しようなどというのは、
<甘えた発想>
以外の何物でもないだろう。
どれほどの覚悟を持っていたとしても、実行すること自体がすでに<甘え>である。
ましてや、詭弁を弄して自身のその行いを正当化しようなどとすれば、それもまた甘えになる。
だから彼は、子供達に対して、
『甘えるな!』
とは言わない。
ただ、
「選択には責任が伴うから、それについての覚悟は必要だよ」
と諭すだけだ。
そして、一回でそれを理解してくれなかったからといってキレたりもしない。
そういう諸々を考えるからこそ、ミハエルは自分が人間達を導こうとは考えない。
なぜなら、この世に存在するほとんどの人間は、ミハエルが生み出したわけではないからだ。
そこまでしなければならない理由は、彼にはない。
けれど、同時に、彼がこの世に送り出した子供達を害しようと考える者を見過ごすつもりもないし、誰かが苦しんでいる事実に子供達が胸を痛めるなら、可能な限りは対処しようとも思う。
自分の勝手で子供達をこの大変な世の中に送り出した者の責任として。
『こんな面倒臭いことまで考えたくない』
そういう者が世の中の大半を占めるだろう。
『そんな難しく考えなくても楽しく生きればいいじゃん』
と考える者も多いだろう。
しかし少なくとも、ミハエルもアオもさくらも、そうは考えない。
だから考えるし、見ようとする。知ろうとする。
<不幸というものの正体>
を。
不幸と呼ばれるものの多くを、実は自分自身の選択が招いているという事実を。
他人を傷付けようとすれば、結局は自分も傷付くことになるのだという事実を。
ダンピールのエンディミオンは、これまで、自身が幼い頃に傷付けられ苦しめられてきたことを理由に他者を傷付け苦しめてきたからこそ地獄の中にいた。
自分の行いが結局は自分を傷付け苦しめることになるという事実を向き合おうとせず、結果、長く苦しむことになった。
けれど今は、その事実と向き合えるようになったことで、かつては望むべくもなかった<平穏>を得た。
ただ、それは同時に、パートナーであるさくらや、本来は彼にとって敵であったはずのミハエル、そしてミハエルのパートナーとなるアオと出逢えたからというのも、まぎれもない事実。
そしてミハエルは、自分一人の力で何もかも悟って理解して幸せを掴むことができる者も滅多に存在しないのも知っている。
だから、惑い続け、結果として周囲に不幸をばら撒く者がいたとしても、
『そういう者を排除すれば世の中が良くなる』
とは考えない。
なぜなら、<そういう者>を生み出す素地がある以上は、いなくなることはないから。
それでもミハエルは、人間を見捨てない。
人間が地球上に現れてからここまで来るのに要した時間を考えれば、自分が生きるであろうたった数百年の間で問題の全てが解決するなど有り得るとは思えなかったから。
そして……
『僕はアオを愛してる。だから、彼女を僕の前に送り出してくれた人間という種には感謝しかないよ……』
それを何度も何度も実感することこそが、ミハエルの<日常>なのだった。
吸血鬼でありながら人間との間に子を生したこと自体が、最大の『甘え』だろう。
幸い、上手くいったから、子供達も自身の生まれを恨んだりしていないから良かったものの、
『ダンピールは、吸血鬼への激しい憎悪と共に生まれてくる』
という<迷信>が万が一本当だった場合、親への激しい憎しみを抱いた子供をこの世に送り出すという取り返しのつかないことをする羽目になるところだったのだから。
いくらセルゲイの研究から得られた仮説があったとはいえ、
実際に<エンディミオンというダンピール>の在り様を間近で見てきたとはいえ、
所詮、仮説は仮説、その仮説を我が子で実証しようなどというのは、
<甘えた発想>
以外の何物でもないだろう。
どれほどの覚悟を持っていたとしても、実行すること自体がすでに<甘え>である。
ましてや、詭弁を弄して自身のその行いを正当化しようなどとすれば、それもまた甘えになる。
だから彼は、子供達に対して、
『甘えるな!』
とは言わない。
ただ、
「選択には責任が伴うから、それについての覚悟は必要だよ」
と諭すだけだ。
そして、一回でそれを理解してくれなかったからといってキレたりもしない。
そういう諸々を考えるからこそ、ミハエルは自分が人間達を導こうとは考えない。
なぜなら、この世に存在するほとんどの人間は、ミハエルが生み出したわけではないからだ。
そこまでしなければならない理由は、彼にはない。
けれど、同時に、彼がこの世に送り出した子供達を害しようと考える者を見過ごすつもりもないし、誰かが苦しんでいる事実に子供達が胸を痛めるなら、可能な限りは対処しようとも思う。
自分の勝手で子供達をこの大変な世の中に送り出した者の責任として。
『こんな面倒臭いことまで考えたくない』
そういう者が世の中の大半を占めるだろう。
『そんな難しく考えなくても楽しく生きればいいじゃん』
と考える者も多いだろう。
しかし少なくとも、ミハエルもアオもさくらも、そうは考えない。
だから考えるし、見ようとする。知ろうとする。
<不幸というものの正体>
を。
不幸と呼ばれるものの多くを、実は自分自身の選択が招いているという事実を。
他人を傷付けようとすれば、結局は自分も傷付くことになるのだという事実を。
ダンピールのエンディミオンは、これまで、自身が幼い頃に傷付けられ苦しめられてきたことを理由に他者を傷付け苦しめてきたからこそ地獄の中にいた。
自分の行いが結局は自分を傷付け苦しめることになるという事実を向き合おうとせず、結果、長く苦しむことになった。
けれど今は、その事実と向き合えるようになったことで、かつては望むべくもなかった<平穏>を得た。
ただ、それは同時に、パートナーであるさくらや、本来は彼にとって敵であったはずのミハエル、そしてミハエルのパートナーとなるアオと出逢えたからというのも、まぎれもない事実。
そしてミハエルは、自分一人の力で何もかも悟って理解して幸せを掴むことができる者も滅多に存在しないのも知っている。
だから、惑い続け、結果として周囲に不幸をばら撒く者がいたとしても、
『そういう者を排除すれば世の中が良くなる』
とは考えない。
なぜなら、<そういう者>を生み出す素地がある以上は、いなくなることはないから。
それでもミハエルは、人間を見捨てない。
人間が地球上に現れてからここまで来るのに要した時間を考えれば、自分が生きるであろうたった数百年の間で問題の全てが解決するなど有り得るとは思えなかったから。
そして……
『僕はアオを愛してる。だから、彼女を僕の前に送り出してくれた人間という種には感謝しかないよ……』
それを何度も何度も実感することこそが、ミハエルの<日常>なのだった。
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