204 / 697
第二幕
恵莉花の日常 その7
しおりを挟む
恵莉花がどんなに力を振り絞っても、エンディミオンには敵わない。
敵わないながらも、毎日そうやってるうちにただ引っ張るだけじゃなく、フェイントを掛けたりするようになっていった。
「おっ! おっ! このっ!」
それでもやっぱり勝てないものの、ただ、一瞬、少しだけ自分の方に布団を引き寄せられるようにもなる。
もちろん、エンディミオンは<本気>は出していない。出していないけれど、この程度でもそれまではどうにもならなかったのが、僅かにでも揺らがせることが出来るようになった。これが確かな手応えになって、恵莉花は、それまでまったく敵わなかったのは自分のやり方が適切じゃないからだと悟った。
それにより、単純に手で引っ張るだけではなく、足も使うようになった。
そうして足も使うことでフェイントのバリエーションも増えた。
『ほう……?』
娘が自ら創意工夫する様子に、父親も感心する。
娘は、決して勝てるはずのない勝負を挑み、かつ、勝てないまでも、僅かに布団を引き寄せるまでになってみせた。それは自分が本気を出していないからではあるものの、同時に、ただの人間でしかない娘が自ら編み出した<技>だった。
手で布団を引っ張って揺さぶりをかけつつ、足を伸ばして布団に引っ掛けて、奪おうとする。
最初はロクに効果を発揮しなかったそれも、足を引っ掛ける位置によっては上手く力が入ることに気付いたらしく、手で布団を掴んでいるだけでは抗えなくなってきた。
するとエンディミオンは積極的に娘の足による攻撃を手で払いのけるようになっていった。
それが恵莉花には嬉しかったようだ。
『パパが慌ててる!?』
実際にはまったく慌ててなどいなかったものの、それまでは単に布団を掴んでいただけだった父親に、それをさせてみせたことが彼女にとっては明らかに成果が上がってる実感になったからだった。
こうして、毎日、時間にすれば十分程度の攻防であるものの、恵莉花は、本来なら勝てるはずのない相手に挑み続け、工夫することの大切さを知った。
同時に、この世には、自分がどんなに努力しても工夫してもどうにもならないことがあることも知った。
悔しくて悔しくて、でも、そうやって立ち向かうと、ご褒美のようにして、彼女が寝付くまでエンディミオンがたくさん体を撫でてくれた、それが心地好くて、悔しいのにとても充足感があった。
普通は、小学校の中学年くらいにもなれば女の子は父親に触れられることも嫌うとされているかも知れないが、少なくとも恵莉花は、高校に上がる寸前まではそれを嫌だと感じたことはなかった。
いや、今でも別に嫌じゃない。ただ照れくさいだけだ。
これはエンディミオンが超絶美少年だからというだけじゃなかった。
それ以上に、彼がどれだけ自分を愛してくれてるか実感があるからだった。
本当にどうしようもなく不器用で無愛想で駄目な父親ではあるものの、こうやって文句も言わずに子供の他愛ない遊びに付き合ってくれることで、間違いなく自分の存在を受け入れて受け止めてくれてる実感があった。彼のそばにいるだけで何も心配要らないと思えた。
自分をこの世に送り出した張本人がこうして自分が存在することを許してくれている。
これ以上の安心感はない。
だから、体を撫でてもらえるのもただただ嬉しかった。
とは言え、さすがに、
『高校生にもなって父親にこんなに甘えてるのはいくらなんでも恥ずかしいかな……』
と思うようになって、以前ほどは甘えなくなっただけで。
今でも、父親のことは『大好き』だ。
でも同時に照れもある。
それだけの話でしかない。
だけど、温室で二人で花の手入れをしているのは好きだった。それも、<フラワーショップ・エリカの仕事>としてこうしてると、何とも言えない充足感があった。
この父親の子供として生まれて、そして今は自分の力で自分の人生を作り上げようとしている。
それがたまらなく嬉しい。
間違いなく生きてる実感がある。
これがあれば、別に他人がどういう生き方をしてようが気にする必要もなかった。この満たされた時間がない人生というのは悲しいなと思うだけだった。
どうしてそんなことになってしまうのだろうかとも思う。
自分の両親ができていることできない人がどうしているのかとも思ってしまう。
それについては、さくらが、アオが、ミハエルがちゃんと答えてくれる。
『誰もがみんな同じことができるわけじゃない。
人にはそれぞれ、得手不得手がある。
むしろそれが自然なんだ』
と。
敵わないながらも、毎日そうやってるうちにただ引っ張るだけじゃなく、フェイントを掛けたりするようになっていった。
「おっ! おっ! このっ!」
それでもやっぱり勝てないものの、ただ、一瞬、少しだけ自分の方に布団を引き寄せられるようにもなる。
もちろん、エンディミオンは<本気>は出していない。出していないけれど、この程度でもそれまではどうにもならなかったのが、僅かにでも揺らがせることが出来るようになった。これが確かな手応えになって、恵莉花は、それまでまったく敵わなかったのは自分のやり方が適切じゃないからだと悟った。
それにより、単純に手で引っ張るだけではなく、足も使うようになった。
そうして足も使うことでフェイントのバリエーションも増えた。
『ほう……?』
娘が自ら創意工夫する様子に、父親も感心する。
娘は、決して勝てるはずのない勝負を挑み、かつ、勝てないまでも、僅かに布団を引き寄せるまでになってみせた。それは自分が本気を出していないからではあるものの、同時に、ただの人間でしかない娘が自ら編み出した<技>だった。
手で布団を引っ張って揺さぶりをかけつつ、足を伸ばして布団に引っ掛けて、奪おうとする。
最初はロクに効果を発揮しなかったそれも、足を引っ掛ける位置によっては上手く力が入ることに気付いたらしく、手で布団を掴んでいるだけでは抗えなくなってきた。
するとエンディミオンは積極的に娘の足による攻撃を手で払いのけるようになっていった。
それが恵莉花には嬉しかったようだ。
『パパが慌ててる!?』
実際にはまったく慌ててなどいなかったものの、それまでは単に布団を掴んでいただけだった父親に、それをさせてみせたことが彼女にとっては明らかに成果が上がってる実感になったからだった。
こうして、毎日、時間にすれば十分程度の攻防であるものの、恵莉花は、本来なら勝てるはずのない相手に挑み続け、工夫することの大切さを知った。
同時に、この世には、自分がどんなに努力しても工夫してもどうにもならないことがあることも知った。
悔しくて悔しくて、でも、そうやって立ち向かうと、ご褒美のようにして、彼女が寝付くまでエンディミオンがたくさん体を撫でてくれた、それが心地好くて、悔しいのにとても充足感があった。
普通は、小学校の中学年くらいにもなれば女の子は父親に触れられることも嫌うとされているかも知れないが、少なくとも恵莉花は、高校に上がる寸前まではそれを嫌だと感じたことはなかった。
いや、今でも別に嫌じゃない。ただ照れくさいだけだ。
これはエンディミオンが超絶美少年だからというだけじゃなかった。
それ以上に、彼がどれだけ自分を愛してくれてるか実感があるからだった。
本当にどうしようもなく不器用で無愛想で駄目な父親ではあるものの、こうやって文句も言わずに子供の他愛ない遊びに付き合ってくれることで、間違いなく自分の存在を受け入れて受け止めてくれてる実感があった。彼のそばにいるだけで何も心配要らないと思えた。
自分をこの世に送り出した張本人がこうして自分が存在することを許してくれている。
これ以上の安心感はない。
だから、体を撫でてもらえるのもただただ嬉しかった。
とは言え、さすがに、
『高校生にもなって父親にこんなに甘えてるのはいくらなんでも恥ずかしいかな……』
と思うようになって、以前ほどは甘えなくなっただけで。
今でも、父親のことは『大好き』だ。
でも同時に照れもある。
それだけの話でしかない。
だけど、温室で二人で花の手入れをしているのは好きだった。それも、<フラワーショップ・エリカの仕事>としてこうしてると、何とも言えない充足感があった。
この父親の子供として生まれて、そして今は自分の力で自分の人生を作り上げようとしている。
それがたまらなく嬉しい。
間違いなく生きてる実感がある。
これがあれば、別に他人がどういう生き方をしてようが気にする必要もなかった。この満たされた時間がない人生というのは悲しいなと思うだけだった。
どうしてそんなことになってしまうのだろうかとも思う。
自分の両親ができていることできない人がどうしているのかとも思ってしまう。
それについては、さくらが、アオが、ミハエルがちゃんと答えてくれる。
『誰もがみんな同じことができるわけじゃない。
人にはそれぞれ、得手不得手がある。
むしろそれが自然なんだ』
と。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる