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第二幕
恵莉花の日常 その7
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恵莉花がどんなに力を振り絞っても、エンディミオンには敵わない。
敵わないながらも、毎日そうやってるうちにただ引っ張るだけじゃなく、フェイントを掛けたりするようになっていった。
「おっ! おっ! このっ!」
それでもやっぱり勝てないものの、ただ、一瞬、少しだけ自分の方に布団を引き寄せられるようにもなる。
もちろん、エンディミオンは<本気>は出していない。出していないけれど、この程度でもそれまではどうにもならなかったのが、僅かにでも揺らがせることが出来るようになった。これが確かな手応えになって、恵莉花は、それまでまったく敵わなかったのは自分のやり方が適切じゃないからだと悟った。
それにより、単純に手で引っ張るだけではなく、足も使うようになった。
そうして足も使うことでフェイントのバリエーションも増えた。
『ほう……?』
娘が自ら創意工夫する様子に、父親も感心する。
娘は、決して勝てるはずのない勝負を挑み、かつ、勝てないまでも、僅かに布団を引き寄せるまでになってみせた。それは自分が本気を出していないからではあるものの、同時に、ただの人間でしかない娘が自ら編み出した<技>だった。
手で布団を引っ張って揺さぶりをかけつつ、足を伸ばして布団に引っ掛けて、奪おうとする。
最初はロクに効果を発揮しなかったそれも、足を引っ掛ける位置によっては上手く力が入ることに気付いたらしく、手で布団を掴んでいるだけでは抗えなくなってきた。
するとエンディミオンは積極的に娘の足による攻撃を手で払いのけるようになっていった。
それが恵莉花には嬉しかったようだ。
『パパが慌ててる!?』
実際にはまったく慌ててなどいなかったものの、それまでは単に布団を掴んでいただけだった父親に、それをさせてみせたことが彼女にとっては明らかに成果が上がってる実感になったからだった。
こうして、毎日、時間にすれば十分程度の攻防であるものの、恵莉花は、本来なら勝てるはずのない相手に挑み続け、工夫することの大切さを知った。
同時に、この世には、自分がどんなに努力しても工夫してもどうにもならないことがあることも知った。
悔しくて悔しくて、でも、そうやって立ち向かうと、ご褒美のようにして、彼女が寝付くまでエンディミオンがたくさん体を撫でてくれた、それが心地好くて、悔しいのにとても充足感があった。
普通は、小学校の中学年くらいにもなれば女の子は父親に触れられることも嫌うとされているかも知れないが、少なくとも恵莉花は、高校に上がる寸前まではそれを嫌だと感じたことはなかった。
いや、今でも別に嫌じゃない。ただ照れくさいだけだ。
これはエンディミオンが超絶美少年だからというだけじゃなかった。
それ以上に、彼がどれだけ自分を愛してくれてるか実感があるからだった。
本当にどうしようもなく不器用で無愛想で駄目な父親ではあるものの、こうやって文句も言わずに子供の他愛ない遊びに付き合ってくれることで、間違いなく自分の存在を受け入れて受け止めてくれてる実感があった。彼のそばにいるだけで何も心配要らないと思えた。
自分をこの世に送り出した張本人がこうして自分が存在することを許してくれている。
これ以上の安心感はない。
だから、体を撫でてもらえるのもただただ嬉しかった。
とは言え、さすがに、
『高校生にもなって父親にこんなに甘えてるのはいくらなんでも恥ずかしいかな……』
と思うようになって、以前ほどは甘えなくなっただけで。
今でも、父親のことは『大好き』だ。
でも同時に照れもある。
それだけの話でしかない。
だけど、温室で二人で花の手入れをしているのは好きだった。それも、<フラワーショップ・エリカの仕事>としてこうしてると、何とも言えない充足感があった。
この父親の子供として生まれて、そして今は自分の力で自分の人生を作り上げようとしている。
それがたまらなく嬉しい。
間違いなく生きてる実感がある。
これがあれば、別に他人がどういう生き方をしてようが気にする必要もなかった。この満たされた時間がない人生というのは悲しいなと思うだけだった。
どうしてそんなことになってしまうのだろうかとも思う。
自分の両親ができていることできない人がどうしているのかとも思ってしまう。
それについては、さくらが、アオが、ミハエルがちゃんと答えてくれる。
『誰もがみんな同じことができるわけじゃない。
人にはそれぞれ、得手不得手がある。
むしろそれが自然なんだ』
と。
敵わないながらも、毎日そうやってるうちにただ引っ張るだけじゃなく、フェイントを掛けたりするようになっていった。
「おっ! おっ! このっ!」
それでもやっぱり勝てないものの、ただ、一瞬、少しだけ自分の方に布団を引き寄せられるようにもなる。
もちろん、エンディミオンは<本気>は出していない。出していないけれど、この程度でもそれまではどうにもならなかったのが、僅かにでも揺らがせることが出来るようになった。これが確かな手応えになって、恵莉花は、それまでまったく敵わなかったのは自分のやり方が適切じゃないからだと悟った。
それにより、単純に手で引っ張るだけではなく、足も使うようになった。
そうして足も使うことでフェイントのバリエーションも増えた。
『ほう……?』
娘が自ら創意工夫する様子に、父親も感心する。
娘は、決して勝てるはずのない勝負を挑み、かつ、勝てないまでも、僅かに布団を引き寄せるまでになってみせた。それは自分が本気を出していないからではあるものの、同時に、ただの人間でしかない娘が自ら編み出した<技>だった。
手で布団を引っ張って揺さぶりをかけつつ、足を伸ばして布団に引っ掛けて、奪おうとする。
最初はロクに効果を発揮しなかったそれも、足を引っ掛ける位置によっては上手く力が入ることに気付いたらしく、手で布団を掴んでいるだけでは抗えなくなってきた。
するとエンディミオンは積極的に娘の足による攻撃を手で払いのけるようになっていった。
それが恵莉花には嬉しかったようだ。
『パパが慌ててる!?』
実際にはまったく慌ててなどいなかったものの、それまでは単に布団を掴んでいただけだった父親に、それをさせてみせたことが彼女にとっては明らかに成果が上がってる実感になったからだった。
こうして、毎日、時間にすれば十分程度の攻防であるものの、恵莉花は、本来なら勝てるはずのない相手に挑み続け、工夫することの大切さを知った。
同時に、この世には、自分がどんなに努力しても工夫してもどうにもならないことがあることも知った。
悔しくて悔しくて、でも、そうやって立ち向かうと、ご褒美のようにして、彼女が寝付くまでエンディミオンがたくさん体を撫でてくれた、それが心地好くて、悔しいのにとても充足感があった。
普通は、小学校の中学年くらいにもなれば女の子は父親に触れられることも嫌うとされているかも知れないが、少なくとも恵莉花は、高校に上がる寸前まではそれを嫌だと感じたことはなかった。
いや、今でも別に嫌じゃない。ただ照れくさいだけだ。
これはエンディミオンが超絶美少年だからというだけじゃなかった。
それ以上に、彼がどれだけ自分を愛してくれてるか実感があるからだった。
本当にどうしようもなく不器用で無愛想で駄目な父親ではあるものの、こうやって文句も言わずに子供の他愛ない遊びに付き合ってくれることで、間違いなく自分の存在を受け入れて受け止めてくれてる実感があった。彼のそばにいるだけで何も心配要らないと思えた。
自分をこの世に送り出した張本人がこうして自分が存在することを許してくれている。
これ以上の安心感はない。
だから、体を撫でてもらえるのもただただ嬉しかった。
とは言え、さすがに、
『高校生にもなって父親にこんなに甘えてるのはいくらなんでも恥ずかしいかな……』
と思うようになって、以前ほどは甘えなくなっただけで。
今でも、父親のことは『大好き』だ。
でも同時に照れもある。
それだけの話でしかない。
だけど、温室で二人で花の手入れをしているのは好きだった。それも、<フラワーショップ・エリカの仕事>としてこうしてると、何とも言えない充足感があった。
この父親の子供として生まれて、そして今は自分の力で自分の人生を作り上げようとしている。
それがたまらなく嬉しい。
間違いなく生きてる実感がある。
これがあれば、別に他人がどういう生き方をしてようが気にする必要もなかった。この満たされた時間がない人生というのは悲しいなと思うだけだった。
どうしてそんなことになってしまうのだろうかとも思う。
自分の両親ができていることできない人がどうしているのかとも思ってしまう。
それについては、さくらが、アオが、ミハエルがちゃんと答えてくれる。
『誰もがみんな同じことができるわけじゃない。
人にはそれぞれ、得手不得手がある。
むしろそれが自然なんだ』
と。
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