129 / 697
まるで違う
しおりを挟む
「着いたぜ。ここが俺の会社が受け持ってる油田の一つだ。宿舎はもうちょっと先だけどな」
そう言ってボリスが車を止めたのは、荒れ地にぽつんと存在する石油採掘プラントだった。
「……」
「……」
悠里と安和は言葉もなくそれを見詰めてる。
「ははは。正直言っていいんだぜ。しみったれたプラントだよな」
「あ…いえ、そんな……!」
図星を突かれて慌てて悠里が取り繕うが、ボリスはガハハと笑った。
「いや、しみったれてんのは事実なんだ。今、この国は石油生産にすら力を割けない状態でな。ありものの設備でなんとかするしかないんだ。ここの設備ももうロクに更新できないままで三十年経つ。だから一日のうち半分くらいは修理で動かせねえ有り様だ。
それでも、うちのスタッフは優秀だからな。その程度で済んでる。酷いところだと三日休んで一日動かすなんて感じのところもあるほどだ。おかげで基幹産業のはずの石油産出さえ落ち込んでる。
まったく。おかしいよな。理想の社会を目指して国作りをしたはずなのに、くだらない争いごとにばかり力を注いで肝心の国としての機能は二の次三の次だ。
目的と手段が入れ違っちまってんだよ。
イデオロギーなんてのは、理想の国を作るための手段に過ぎなかったはずだ。それがいつの間にか手段であるはずのイデオロギーを守ることが目的になっちまって、国としてまともに機能しなくなっちまってる……
バカな話だとは思わねえか?」
プラントが稼働している音を聞きながら、ボリスは悠里と安和に語り掛けた。
それは、大人として子供に対して『こんな失敗はするなよ』と教えようとしている言葉だった。
だが、同時に、
「でも、だからってこの国が、どうしようもない、存在する価値もない国だとか言って滅ぼそうとするってのも俺は違うと思ってる。こんな国でも人間は生きてて、それぞれ人生を送ってるんだ。お前らみたいないいとこで暮らしてる奴には分からないかもしれないが、別に無意味ってわけじゃないんだよ。
こういう世界もある。
それだけの話だ」
そう語るボリスの姿は、胸を張り、どっしりと地に足を着けた堂々たるものだった。たとえ洗練されていなくても、間違いなく自分の人生を生きている人間の姿だった。
セルゲイがここに来たのは、悠里と安和をこのボリスに会わせたかったからというのもあった。
日本とはまるで違う価値観。強盗事件など、酔っぱらいが道端でゲロを吐くくらいの頻度で起こり、だからもう警察もその程度の感覚で対処するような社会。
ゲリラも横行し、人間の命が信じられないくらいに安い。
それでも人間は生きている。このボリスのように逞しくそこに根付いて生きている者もいる。
これもまた、人間の姿なのだ。
そう言ってボリスが車を止めたのは、荒れ地にぽつんと存在する石油採掘プラントだった。
「……」
「……」
悠里と安和は言葉もなくそれを見詰めてる。
「ははは。正直言っていいんだぜ。しみったれたプラントだよな」
「あ…いえ、そんな……!」
図星を突かれて慌てて悠里が取り繕うが、ボリスはガハハと笑った。
「いや、しみったれてんのは事実なんだ。今、この国は石油生産にすら力を割けない状態でな。ありものの設備でなんとかするしかないんだ。ここの設備ももうロクに更新できないままで三十年経つ。だから一日のうち半分くらいは修理で動かせねえ有り様だ。
それでも、うちのスタッフは優秀だからな。その程度で済んでる。酷いところだと三日休んで一日動かすなんて感じのところもあるほどだ。おかげで基幹産業のはずの石油産出さえ落ち込んでる。
まったく。おかしいよな。理想の社会を目指して国作りをしたはずなのに、くだらない争いごとにばかり力を注いで肝心の国としての機能は二の次三の次だ。
目的と手段が入れ違っちまってんだよ。
イデオロギーなんてのは、理想の国を作るための手段に過ぎなかったはずだ。それがいつの間にか手段であるはずのイデオロギーを守ることが目的になっちまって、国としてまともに機能しなくなっちまってる……
バカな話だとは思わねえか?」
プラントが稼働している音を聞きながら、ボリスは悠里と安和に語り掛けた。
それは、大人として子供に対して『こんな失敗はするなよ』と教えようとしている言葉だった。
だが、同時に、
「でも、だからってこの国が、どうしようもない、存在する価値もない国だとか言って滅ぼそうとするってのも俺は違うと思ってる。こんな国でも人間は生きてて、それぞれ人生を送ってるんだ。お前らみたいないいとこで暮らしてる奴には分からないかもしれないが、別に無意味ってわけじゃないんだよ。
こういう世界もある。
それだけの話だ」
そう語るボリスの姿は、胸を張り、どっしりと地に足を着けた堂々たるものだった。たとえ洗練されていなくても、間違いなく自分の人生を生きている人間の姿だった。
セルゲイがここに来たのは、悠里と安和をこのボリスに会わせたかったからというのもあった。
日本とはまるで違う価値観。強盗事件など、酔っぱらいが道端でゲロを吐くくらいの頻度で起こり、だからもう警察もその程度の感覚で対処するような社会。
ゲリラも横行し、人間の命が信じられないくらいに安い。
それでも人間は生きている。このボリスのように逞しくそこに根付いて生きている者もいる。
これもまた、人間の姿なのだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
四天王寺ロダンの冒険
ヒナタウヲ
キャラ文芸
『奇なる姓に妙なる名』その人は『四天王寺ロダン』。
彼はのっぽ背にちじれ毛のアフロヘアを掻きまわしながら、小さな劇団の一員として、日々懸命に舞台芸を磨いている。しかし、そんな彼には不思議とどこからか『謎』めいた話がふわりふわりと浮かんで、彼自身ですら知らない内に『謎』へと走り出してしまう。人間の娑婆は現代劇よりもファナティックに溢れた劇場で、そこで生きる人々は現在進行形の素晴らしい演者達である。
そんな人々の人生を彩る劇中で四天王寺ロダンはどんな役割を演じるのだろうか?
――露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢、秀吉が辞世で詠んだ現代の難波で、四天王寺ロダンは走り出す。
本作は『嗤う田中』シリーズから、一人歩き始めた彼の活躍を集めた物語集です。
『四天王寺ロダンの挨拶』
@アルファポリス奨励賞受賞作品
https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/682000184
@第11回ネット大賞一次通過作品
https://kimirano.jp/special/news/4687/
『四天王寺ロダンの青春』
等
@第31回電撃大賞一次通過作品
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~
出口もぐら
キャラ文芸
【毎日更新中!】冴えないおっさんによる、怪異によって引き起こされる事件・事故を調査解決していくお話。そして、怪異のお悩み解決譚。(※人怖、ダーク要素強め)
徐々に明かされる、人間×怪異の異類婚姻譚です。
【あらすじ】
大学構内掲示板に貼られていたアルバイト募集の紙。平凡な大学生、久保は時給のよさに惹かれてそのアルバイトを始める。
雇い主であるくたびれた中年、見藤(けんどう)と、頻繁に遊びに訪れる長身美人の霧子。この二人の関係性に疑問を抱きつつも、平凡なアルバイト生活を送っていた。
ところがある日、いつものようにアルバイト先である見藤の事務所へ向かう途中、久保は迷い家と呼ばれる場所に迷い込んでしまう ――――。そして、それを助けたのは雇い主である見藤だった。
「こういう怪異を相手に専門で仕事をしているものでね」
そう言って彼は困ったように笑ったのだ。
久保が訪れたアルバイト先、それは怪異によって引き起こされる事件や事故の調査・解決、そして怪異からの依頼を請け負う、そんな世にも奇妙な事務所だったのだ。
久保はそんな事務所の主――見藤の人生の一幕を垣間見る。
お気に入り🔖登録して頂けると励みになります!
▼この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女
藤井ことなり
キャラ文芸
OLのサクセスストーリーです。
半年前、アメリカ本社で秘書をしていた主人公、佐野千秋(さの ちあき)
突然、日本支社の企画部企画3課の主任に異動してきたが、まわりには理由は知らされてなかった。
そして急にコンペの責任者となり、やったことの無い仕事に振り回される。
上司からの叱責、ライバル会社の妨害、そして次第に分かってきた自分の立場。
それが分かった時、千秋は反撃に出る!
社内、社外に仲間と協力者を増やしながら、立ち向かう千秋を楽しんでください。
キャラ文芸か大衆娯楽で迷い、大衆娯楽にしてましたが、大衆娯楽部門で1位になりましたので、そのままキャラ文芸コンテストにエントリーすることにしました。
同時エントリーの[あげは紅は はかないらしい]もよろしくお願いいたします。
表紙絵は絵師の森彗子さんの作品です
pixivで公開中
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
第七魔眼の契約者
文月ヒロ
キャラ文芸
主人公、最弱の【魔術師】・和灘 悟《わなだ さとる》。
第六魔法学院に通う彼は、二年の夏のとある日の朝学院より落第を通告された。
『【迷宮】攻略試験を受け、攻略する』
状況を打破しようと奔走する彼は、そんな折、落第回避の方法として追試の存在を知る。
そして試験開始後【迷宮】へと潜り込んだ悟だったが、そこで【魔眼】を名乗る声に話し掛けられ――。
最弱だった少年【魔術師】が【魔眼】と紡ぐ――最強の物語、開幕!!
苦労人お嬢様、神様のお使いになる。
いんげん
キャラ文芸
日本屈指の資産家の孫、櫻。
家がお金持ちなのには、理由があった。
代々、神様のお使いをしていたのだ。
幼馴染の家に住み着いた、貧乏神を祓ったり。
死の呪いにかかった青年を助けたり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる