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排除するべき害獣
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セルゲイは決して、悠里の前で人間を敵視しない。
寿命の長い吸血鬼やダンピールにとって僅か十三歳と幼い彼にそういう先入観を植え付けるのは非常に危険なことだからだ。
ただでさえ野生のライオンのような強い攻撃性を持つダンピールに、
『人間は排除するべき害獣だ』
というような認識を植え付けることがどれほど危険なことか、冷静に物事を捉えられる者なら分かるはずだ。
だから、悠里の父親であるミハエルは当然として、セルゲイも意識してそれを避ける。
悠里や安和が人間を敵視しないのは、そういう周囲の<大人>の努力があってこそのものでもあった。
自分達こそが子供の価値観やメンタリティを育てているのだということを、その事実をしっかりと認識しているがゆえに。
ただ、人間を敵視しないということと、単に、
『どんな好ましくない行いでも無条件に是認する』
というのとは違うだろう。その辺りについても、ミハエルもセルゲイもよく考えていた。
そして、その<教材>とでも言うべき実例が、向こうから転がり込んできた。
「セルゲイ、あれは……?」
何かに気付いた悠里が指を差しながら問い掛ける。
セルゲイもその気配に気付いていて、ゆっくりとそちらに視線を向けた。そこには、Tシャツにチノパンという、ひどく軽装の若い男がジャングルの中を何かを探しながら歩いている姿があった。
「ただのツアー参加者じゃないね。道に迷ったというのとも違う。道に迷ったのなら道を探すはずだけど、彼はライトを常に木の幹や葉や物陰に向けて見てる。明らかに昆虫を探してる動きだ」
その言葉に、悠里もピンと来た。
「密猟者…!?」
「そうだね。たぶん、間違いない。でも…」
セルゲイは困ったような表情をした。
「慣れた職業的な密猟者じゃないね。だとしたらあんな軽装でこんなところまではこない。そもそも動きが慣れた人間のそれじゃない。おそらく個人の趣味として昆虫を探してるんだろう。ツアー客として参加して、でもそれに満足できなくて勝手に立ち入りを制限されている区域に入ったんだ」
セルゲイ自身はあくまで研究者としてインドネシア政府から許可をもらって活動している。しかも昆虫を採取し持ち出すことはしないという形で。彼の目的はあくまで生態調査としての観察なので、その必要がないからだ。
「さすがに研究者としてあの行いは看過できないな。悠里、君は気配を消したままで一緒にいてくれたらいい。僕が彼に警告をするから」
そう言って悠里を下ろし、ゆっくりと男に近付いていった。
男の方はすでに気配を消していないセルゲイに気付かない。気配は消していないもののその動きがあまりにもスムーズすぎて認識できないのだろう。ほんの数メートルまで近付いて、
「ここはツアー参加者の立ち入りは制限されている区域ですよ」
と、あくまで穏やかな感じで声を掛けた。
「!? えひゃあっっ!!?」
まったく意識してない状態で声を掛けられ、若い男は何とも言えない声を上げながら本当に数センチ飛び上がって驚いた。
一見しただけで大学生くらいと思しき、手足も細く胸板も薄い、髪の毛もただ単に短く刈りそろえているだけで特にセットなどしていない、いかにも<オタク>風の青年だった。
「あ…えと、あの…! 道に迷ってそれで……!」
などと取り繕うとはするものの、視線は泳ぎっぱなしで汗が噴き出し、呼吸も鼓動も早くなっていた。
完全に嘘を吐いている人間の姿だった。
寿命の長い吸血鬼やダンピールにとって僅か十三歳と幼い彼にそういう先入観を植え付けるのは非常に危険なことだからだ。
ただでさえ野生のライオンのような強い攻撃性を持つダンピールに、
『人間は排除するべき害獣だ』
というような認識を植え付けることがどれほど危険なことか、冷静に物事を捉えられる者なら分かるはずだ。
だから、悠里の父親であるミハエルは当然として、セルゲイも意識してそれを避ける。
悠里や安和が人間を敵視しないのは、そういう周囲の<大人>の努力があってこそのものでもあった。
自分達こそが子供の価値観やメンタリティを育てているのだということを、その事実をしっかりと認識しているがゆえに。
ただ、人間を敵視しないということと、単に、
『どんな好ましくない行いでも無条件に是認する』
というのとは違うだろう。その辺りについても、ミハエルもセルゲイもよく考えていた。
そして、その<教材>とでも言うべき実例が、向こうから転がり込んできた。
「セルゲイ、あれは……?」
何かに気付いた悠里が指を差しながら問い掛ける。
セルゲイもその気配に気付いていて、ゆっくりとそちらに視線を向けた。そこには、Tシャツにチノパンという、ひどく軽装の若い男がジャングルの中を何かを探しながら歩いている姿があった。
「ただのツアー参加者じゃないね。道に迷ったというのとも違う。道に迷ったのなら道を探すはずだけど、彼はライトを常に木の幹や葉や物陰に向けて見てる。明らかに昆虫を探してる動きだ」
その言葉に、悠里もピンと来た。
「密猟者…!?」
「そうだね。たぶん、間違いない。でも…」
セルゲイは困ったような表情をした。
「慣れた職業的な密猟者じゃないね。だとしたらあんな軽装でこんなところまではこない。そもそも動きが慣れた人間のそれじゃない。おそらく個人の趣味として昆虫を探してるんだろう。ツアー客として参加して、でもそれに満足できなくて勝手に立ち入りを制限されている区域に入ったんだ」
セルゲイ自身はあくまで研究者としてインドネシア政府から許可をもらって活動している。しかも昆虫を採取し持ち出すことはしないという形で。彼の目的はあくまで生態調査としての観察なので、その必要がないからだ。
「さすがに研究者としてあの行いは看過できないな。悠里、君は気配を消したままで一緒にいてくれたらいい。僕が彼に警告をするから」
そう言って悠里を下ろし、ゆっくりと男に近付いていった。
男の方はすでに気配を消していないセルゲイに気付かない。気配は消していないもののその動きがあまりにもスムーズすぎて認識できないのだろう。ほんの数メートルまで近付いて、
「ここはツアー参加者の立ち入りは制限されている区域ですよ」
と、あくまで穏やかな感じで声を掛けた。
「!? えひゃあっっ!!?」
まったく意識してない状態で声を掛けられ、若い男は何とも言えない声を上げながら本当に数センチ飛び上がって驚いた。
一見しただけで大学生くらいと思しき、手足も細く胸板も薄い、髪の毛もただ単に短く刈りそろえているだけで特にセットなどしていない、いかにも<オタク>風の青年だった。
「あ…えと、あの…! 道に迷ってそれで……!」
などと取り繕うとはするものの、視線は泳ぎっぱなしで汗が噴き出し、呼吸も鼓動も早くなっていた。
完全に嘘を吐いている人間の姿だった。
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