上 下
5 / 697

あたたかい家庭の光景

しおりを挟む
『はぁ…またやっちまったな~……』

担当編集<月城つきしろさくら>が帰り、原稿をボツにされたことをミハエルに慰めてもらってから、蒼井霧雨あおいきりさめは、一人、仕事部屋にこもって凹んでいた。

本当は子供達に言い争っているところを見せたくないのに、ついつい熱くなってしまう自分が情けない。それは仕事に対する真剣さや情熱の表れではあるものの、やはり親が強い言葉を使っているところは教育上よくないことは承知しているのだ。

なにしろ親がそんな風にしていると、『他人に対して大きな声で罵ってもいい』と子供に思われてしまう可能性が高いのだから。

でも、子供達はちゃんと分かってくれていた。蒼井霧雨と月城さくらのそのやり取りは、信頼しあっているからこそのものだということを。

それはミハエルが、

「大丈夫。ママとさくらはケンカしてるんじゃないよ。ほら、アニメとかでホントは仲良しな人達がケンカしてるみたいに言い合ったりすることあるよね。あれだよ」

そう言って丁寧に子供達に諭してくれているからというのもある。

しかも蒼井霧雨と月城さくら自身、普段は実際に仲のいい様子を子供達の前で見せてもいるし。そして、私人としての月城さくらは、子供達にとっても<もう一人のお母さん>的な存在でもあった。

何しろ蒼井家と月城家そのものが家族同然の間柄なのである。

そんなこんなで、

「ママ~、ばんごはんできたよ~」

一人で凹んでいた蒼井霧雨に、末っ子の椿つばきがそう声を掛けてきた。

「あ、ありがとう」

言いながら出てきた彼女は、にこやかに自分を見上げる娘に向かって、

「ごめんね~、ママ、怖かったよね」

と申し訳なさそうに謝った。すると椿は、

「だいじょうぶだよ。分かってる。ママ。わたし、ママのこともさくらママのことも大好きだよ」

笑顔でそんな風に返してくれる。

「あう~、ありがとう椿~。大好きだよ~♡」

僅か十歳の娘の気遣いに、蒼井霧雨は、アオは、目を潤ませながら抱き締めずにはいられなかった。

母親のそんな姿も、椿にとっては当たり前のこと。情けないとも思わないし、ウザいとも思わなかった。

だって、とても愛されている実感があるから。

末っ子の椿つばきでさえ分かっているくらいだから、悠里ユーリ安和アンナはそれこそ分かってくれている。

そして椿に連れられたアオがダイニングで席に着くと、家族五人での夕食が始まった。

「いただきます!」

皆で挨拶をして、カレーを食べる。

「ん、美味しい♡」

ミハエルと子供達が作ったシーフードカレーに自然と笑顔になってしまう。

「毎日こんな美味しい料理食べられて、私はホントに幸せ者だよ~♡」

言いながらアオは目が潤んでいた。

するとミハエルも、

「僕もアオと一緒に暮らせて幸せだよ♡」

穏やかに微笑みながら返した。

「はいはい、熱い熱い」

「子供が見てたってお構いなしだもんね~」

とてもあたたかい家庭の光景がそこにはあったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絵の中はあやかしの世界でした 〜青年は私に結婚を申し込む〜

MIRICO
キャラ文芸
華鈴に残された絵に描かれていたのは、整った顔の青年。曽祖父の葬儀後、黒い影に追われれば、絵の中に描かれた青年が手を伸ばして華鈴の名を呼んだ。その腕に引かれて辿り着いた先は、異形のいる異界。その異形たちの前で華鈴を抱きしめながら、青年は高らかに宣言する。 「彼女が、僕の花嫁になる人です!」

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

新しい自分(女体化しても生きていく)

雪城朝香
ファンタジー
明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

御大尽与力と稲荷神使

克全
キャラ文芸
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 七右衛門は日本一の商人の孫であったが、将来の事を心配した祖父に南町奉行所の与力株を買ってもらった。跡継ぎから外れた七右衛門であったが、祖父を日本一の商人にした稲荷神の神使は七右衛門について行き、数々の事件を解決するのであった。

絶世の美女の侍女になりました。

秋月一花
キャラ文芸
 十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。  旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。  山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。  女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。  しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。  ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。  後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。  祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

処理中です...