42 / 97
苦戦
しおりを挟む
基本的には昼行性のヒト蜘蛛と夜行性のパルディアとでは、さすがにハンデが大きかった。加えて、ヒト蜘蛛も木には登れるとは言っても、必ずしも<得意>とは言い難い。樹上での動きは、パルディアには敵わない。
とは言え、不利な樹上で戦うのではなく、地上に降りてしまえばよかったのだ。そうすればさすがにパルディアもわざわざ追いかけてはこなかったはずだ。
なのにこの時の蛮は、深い眠りから突然起こされたことで頭が回っていなかったのかもしれない。わざわざ不利な樹上でパルディアを迎え撃ってしまった。
「ガアッ!!」
パルディアとしても、得意な樹上でしかも夜間だったことで、勝利を確信してしまったようだ。実際、蛮の動きはパルディアについていけていなかった。
全身を覆う細かい毛がパルディアの接近を教えてくれることで死角はないものの、さりとて足場の悪さはいかんともしがたく、ほとんど位置を変えずにただ脚や<触角>で、パルディアがいる位置に向けて攻撃を放つしかできなかった。
その一撃一撃が必殺の威力を持つのでパルディアとしても油断はできなかったものの、恐ろしいというほどでもない。
と、パルディアの爪が、晩の、<人間のようにも見える部分の首>をかすめた。肉が切り裂かれ、血が飛び散る。が、幸い、太い動脈には届かなかった。しかし、明らかにこれまでの蛮には見られなかった苦戦だった。
「ギイッッ!!」
思わぬそれに、蛮の表情がさらに怒りに歪む。歯を剥き出し、吠えた。
けれど、パルディアはむしろ冷静だった。飛び掛かると見せて、迎え撃とうと構えた蛮の目の前で枝を掴んでタイミングをずらし、その上で蹴りを放つ。
するとパルディアの脚の爪が、蛮の<人間のようにも見える部分の右の乳房>をざっくりと切り裂いた。昼間であれば、それこそ、鮮血が弾けるように飛び散ったのがはっきりと見えただろう。
さりとて、蛮にとっての<人間のようにも見える部分の乳房>など、機能的には何の意味もないただの飾りでしかない。それこそ<脂肪の塊>なのだ。
それでいて、脂肪の塊を切り裂かれた痛みが、逆に、寝起きで十分に働いていなかった蛮の頭を完全に覚醒させたのかもしれない。
瞬間、彼は空中に身を躍らせ、闇の中へと落ちていった。いや、地面に降りたのだ。この辺りは彼にとってはあまりにも慣れた場所。闇で見えていなくても地上がどうなっているかは分かる。彼が安全に着地できることはよく分かっていたのだ。
「!?」
するとパルディアは、木の枝に掴まり、その場にとどまる。
おそらく、樹上での勝利のビジョンは見えていたものの、地上では見えなかったのだろう。
だから追撃を諦めたのだ。
この引き際の良さが、生死を分けるのである。
とは言え、不利な樹上で戦うのではなく、地上に降りてしまえばよかったのだ。そうすればさすがにパルディアもわざわざ追いかけてはこなかったはずだ。
なのにこの時の蛮は、深い眠りから突然起こされたことで頭が回っていなかったのかもしれない。わざわざ不利な樹上でパルディアを迎え撃ってしまった。
「ガアッ!!」
パルディアとしても、得意な樹上でしかも夜間だったことで、勝利を確信してしまったようだ。実際、蛮の動きはパルディアについていけていなかった。
全身を覆う細かい毛がパルディアの接近を教えてくれることで死角はないものの、さりとて足場の悪さはいかんともしがたく、ほとんど位置を変えずにただ脚や<触角>で、パルディアがいる位置に向けて攻撃を放つしかできなかった。
その一撃一撃が必殺の威力を持つのでパルディアとしても油断はできなかったものの、恐ろしいというほどでもない。
と、パルディアの爪が、晩の、<人間のようにも見える部分の首>をかすめた。肉が切り裂かれ、血が飛び散る。が、幸い、太い動脈には届かなかった。しかし、明らかにこれまでの蛮には見られなかった苦戦だった。
「ギイッッ!!」
思わぬそれに、蛮の表情がさらに怒りに歪む。歯を剥き出し、吠えた。
けれど、パルディアはむしろ冷静だった。飛び掛かると見せて、迎え撃とうと構えた蛮の目の前で枝を掴んでタイミングをずらし、その上で蹴りを放つ。
するとパルディアの脚の爪が、蛮の<人間のようにも見える部分の右の乳房>をざっくりと切り裂いた。昼間であれば、それこそ、鮮血が弾けるように飛び散ったのがはっきりと見えただろう。
さりとて、蛮にとっての<人間のようにも見える部分の乳房>など、機能的には何の意味もないただの飾りでしかない。それこそ<脂肪の塊>なのだ。
それでいて、脂肪の塊を切り裂かれた痛みが、逆に、寝起きで十分に働いていなかった蛮の頭を完全に覚醒させたのかもしれない。
瞬間、彼は空中に身を躍らせ、闇の中へと落ちていった。いや、地面に降りたのだ。この辺りは彼にとってはあまりにも慣れた場所。闇で見えていなくても地上がどうなっているかは分かる。彼が安全に着地できることはよく分かっていたのだ。
「!?」
するとパルディアは、木の枝に掴まり、その場にとどまる。
おそらく、樹上での勝利のビジョンは見えていたものの、地上では見えなかったのだろう。
だから追撃を諦めたのだ。
この引き際の良さが、生死を分けるのである。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
未熟者の私には愛情とエゴの違いが分かりません……。
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
誰かを特別に愛するということは、それ以外の者に対する差別ではないのか……。より多くの人から愛されている生き物と、みんなから嫌われている生き物と、マイナーで誰からも関心を寄せられない生き物と……。それらの生き物に対する人間の対応は全部同じでしょうか。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜
天海二色
SF
西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。
珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。
その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。
彼らは一人につき一つの毒素を持つ。
医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。
彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。
これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。
……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。
※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります
※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます
※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。
参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
特別展「毒」 公式図録
くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ
ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科
その他広辞苑、Wikipediaなど
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
アルケミア・オンライン
メビウス
SF
※現在不定期更新中。多忙なため期間が大きく開く可能性あり。
『錬金術を携えて強敵に挑め!』
ゲーム好きの少年、芦名昴は、幸運にも最新VRMMORPGの「アルケミア・オンライン」事前登録の抽選に当選する。常識外れとも言えるキャラクタービルドでプレイする最中、彼は1人の刀使いと出会う。
宝石に秘められた謎、仮想世界を取り巻くヒトとAIの関係、そして密かに動き出す陰謀。メガヒットゲーム作品が映し出す『世界の真実』とは────?
これは、AIに愛され仮想世界に選ばれた1人の少年と、ヒトになろうとしたAIとの、運命の戦いを描いた物語。
Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組
瑞多美音
SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○
※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる