40 / 97
実際に最期を迎えるまで
しおりを挟む
「ぎ……ぐ……」
仲間から逃げようとして枝を掴み損ねて転落したレトだったものの、辛うじて地上までは落ちなかった。一番下の太い枝の上に落ちて、したたかに脇腹を打ち、呼吸さえままならなくなる。
幸い、骨や内臓には損傷はなかったようだが、ダメージは決して小さくない。どうにかこうにか枝に掴まれているだけで、自由に体が動かない。
すると、空にわずかに残った光も届かない暗闇の中で、何かが光っていた。爛々と燃えるような双眸。獣の目だ。
あまり夜目の効かないパパニアンの目でも何とか捉えられたシルエットは、人間のようなそれをしていた。けれど、パパニアンではないことはすぐに察せられる。
かはあ、と開かれた大きな口を、ベロリと長い舌が舐める。明らかに捕食者の口だった。
それは、ヒョウ人間と呼ばれる獣だった。プロポーションは人間に近いものの、全身を覆う短い毛皮にヒョウを思わせる模様をまとった、大型のネコ科の獣を連想させるしなやかな体。
単体の力ではヒト蜘蛛には及ばないものの、少なくとも油断していい相手ではない、夜の密林においてはそれこそ上位に位置する捕食者だった。
そんなパルディアが、パパニアンを狙って近付いていたのだ。夜闇にまぎれて。
そしてそこに、運悪く、レトが落ちてきてしまったのである。
結局これが、レトのような、群れのヒエラルキーにおいて最下位に位置する個体の<役目>だっただろう。自らが天敵に襲われることで、群れの仲間は生き延びるという。
「は……ひ……」
まだ十分に回復していない体を起こして、レトは何とか体勢を整える。逃げるために。生きるために。
パパニアンにおいては、母親のヒエラルキーがそのまま子にも反映される。ヒエラルキーの下位の雌から生まれた子には、自動的にレトのような役目が与えられるのだ。
だが、実は、それだけで完全に決まってしまうものでもない。力があれば早々に群れから巣立って他の群れに合流し、そこで成り上がることだって不可能ではない。必ずしも割合としては高くないが、そうやって他の群れのボスにまで収まった事例はある。
母親のヒエラルキーで子の立場も決まってしまうとはいえ、それはあくまでその群れの中だけの話。他の群れに行くと関係なくなるのだ。そうすれば力によって逆転することもできる。そういう道もある。
極めて細く険しい道ではあるが。
しかし残念ながら、レトにはそこまでの力はなかった。体も小さく力も弱く、飛び抜けて狡猾でもない。
そんな彼の最後はすでに決まっていたのかもしれない。
もっとも、それが決まっていたとしても、実際に最期を迎えるまで諦めたりはしないが。
仲間から逃げようとして枝を掴み損ねて転落したレトだったものの、辛うじて地上までは落ちなかった。一番下の太い枝の上に落ちて、したたかに脇腹を打ち、呼吸さえままならなくなる。
幸い、骨や内臓には損傷はなかったようだが、ダメージは決して小さくない。どうにかこうにか枝に掴まれているだけで、自由に体が動かない。
すると、空にわずかに残った光も届かない暗闇の中で、何かが光っていた。爛々と燃えるような双眸。獣の目だ。
あまり夜目の効かないパパニアンの目でも何とか捉えられたシルエットは、人間のようなそれをしていた。けれど、パパニアンではないことはすぐに察せられる。
かはあ、と開かれた大きな口を、ベロリと長い舌が舐める。明らかに捕食者の口だった。
それは、ヒョウ人間と呼ばれる獣だった。プロポーションは人間に近いものの、全身を覆う短い毛皮にヒョウを思わせる模様をまとった、大型のネコ科の獣を連想させるしなやかな体。
単体の力ではヒト蜘蛛には及ばないものの、少なくとも油断していい相手ではない、夜の密林においてはそれこそ上位に位置する捕食者だった。
そんなパルディアが、パパニアンを狙って近付いていたのだ。夜闇にまぎれて。
そしてそこに、運悪く、レトが落ちてきてしまったのである。
結局これが、レトのような、群れのヒエラルキーにおいて最下位に位置する個体の<役目>だっただろう。自らが天敵に襲われることで、群れの仲間は生き延びるという。
「は……ひ……」
まだ十分に回復していない体を起こして、レトは何とか体勢を整える。逃げるために。生きるために。
パパニアンにおいては、母親のヒエラルキーがそのまま子にも反映される。ヒエラルキーの下位の雌から生まれた子には、自動的にレトのような役目が与えられるのだ。
だが、実は、それだけで完全に決まってしまうものでもない。力があれば早々に群れから巣立って他の群れに合流し、そこで成り上がることだって不可能ではない。必ずしも割合としては高くないが、そうやって他の群れのボスにまで収まった事例はある。
母親のヒエラルキーで子の立場も決まってしまうとはいえ、それはあくまでその群れの中だけの話。他の群れに行くと関係なくなるのだ。そうすれば力によって逆転することもできる。そういう道もある。
極めて細く険しい道ではあるが。
しかし残念ながら、レトにはそこまでの力はなかった。体も小さく力も弱く、飛び抜けて狡猾でもない。
そんな彼の最後はすでに決まっていたのかもしれない。
もっとも、それが決まっていたとしても、実際に最期を迎えるまで諦めたりはしないが。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる