菊の華

八馬ドラス

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第二章~昔話に華が咲く~

天竺明香里は支えたい

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天竺明香里は支えたい

放課後の部活。いつもと変わらず麗華たちは部活の準備をしてグラウンドに集まった。明香里はストップウォッチ、飲み物、タオルなどみんなをサポートするための準備をばっちり済ませ、麗華の様子を伺った。。今日もやる気に満ちているようだ。麗華の走る理由を聞いて以来今まで以上に麗華のサポートに力が入った。アップを手伝ったり、タイム測定にずっと付き合ったり、質のいい休憩をさせるために環境を整えたりといつもやっていることだが気持ちの入り方が違う。本来、マネージャーは選手全体をサポートすることになっているが、それは他の人に任せて麗華につきっきりになっていた。
明香里が最近張り切っているのは麗華もなんとなく感じていたので部活の休憩中に聞いてみることにした。

「あかりちゃん、最近マネージャー力が上がったよね~。何かあったの?」
「それはもちろん麗ちゃんを応援したいからよ!麗ちゃんの目指しているものも聞いたことだしね」
「なんか照れるな~」
「恥ずかしがることないよー。良いことじゃん目標があるって。で、その相手って誰なのよー?」
「そっそれは...まだ内緒!」

麗華の頭に菊の顔がよぎった。それだけでなんだか恥ずかしくなり明香里から少し顔をそらした。そらした顔の視界に入るように明香里は顔を合わせようと動き回った。

「この前も同じこと言って逃げたでしょ!教えなさいよー」
「ダメなものはダメなのー!」

これ以上はいけないと判断し麗華はひとつ気になることを聞いて話題をそらそうとした。

「あっあかりちゃんはもう走らないの?マネージャーを頑張ってるのは知ってるけど前みたいに走らないのかなって」

それを聞いて明香里は動きを止め少し考えた後、麗華の隣に座った。

「もうないと思うよ。うちの場合、走ることよりもサポートのほうが向いてるって気づけたから。これは麗ちゃんのおかげだよ」
「?」

明香里はもともと短距離走をしていた。麗華と出会い、新たな自分を知れたのは高校に入学してしばらく経った時だった。

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~高校一年生の春~

明香里は中学の時から陸上部で走っていたが結果は可もなく不可もなくで特別速いわけでもなかった。高校に入学して何か新しいことを始めたいということもなかったのでそのまま陸上部に入部して、そこで麗華に出会った。麗華は入部した当初から楽しそうに走っていた。彼女も中学の頃は陸上部だったらしい。だからあんなに走れるんだな、自分とは何が違うんだろうと麗華の走りを見ていると、それに気づいた麗華は明香里のほうに近づいて行った。

「どうしたの?えーっと、天竺ちゃん?」
「あー明香里でいいよ。うちの苗字言いづらいでしょ?」
「んー少し?でもかっこいいと思うよ!」

そういわれたのは初めてだったので少し気恥ずかしくなった。

「そういえばなんでこっちを見てたの?」
「えっ?あぁうん。星野さん楽しそうに走ってるなーって思って」
「私のことも麗華でいいよ~。やっぱり外にでちゃってるか~楽しいオーラ」
「...なんでそんなに楽しく走れるの?」

明香里は不思議で仕方がなかった。あんなに真剣に走りながらもふとした時に笑顔になっている。そして走り終えた後は気持ちよさそうにしているのだから。

「走った時の風が気持ちよくて、私速いなって思えた時が好きなんだ~」

最初にそんなことを言われて一瞬あっけにとられたがすぐに我に返った。

「勝ち負けは?」
「気にするときは気にする、かな~?そんなに考えてないよ」

走っている姿を見た時から感じていたが、この人は純粋に走ることを楽しんでいる。明香里は今までそんな気持ちで走ったことなどなかった。

「負けたら悔しいとか思わないの?」

明香里はいつも中途半端な結果で終わることにもはや慣れてしまっている自分に嫌気がさして少し、いや結構悔しかった。麗華にもそういう気持ちがあるのでは、いやあってほしいと思って聞いてみた。すると麗華は目を閉じて何か考えていた後、明香里をまっすぐ見て答えた。

「勝つために走って負けた時は、悔しいなって思うことはあるよ。でもそれ以上に、相手すごかったなー、一緒に走れてよかったなーって感動してるんだ~。ちゃんと反省はするけど、楽しいって気持ちで溢れるから悔しい気持ちが消えてるんだ~」

明香里はこんな明るい気持ちで走ったことがなかったと圧倒されていた。麗華は何のために走っているのかと聞きたかったが、これ以上踏み込むのはさすがにだめだろうと出そうになった言葉を押しとどめた。
ふと自分がなんで走ろうと思ったのか思い出した。小さい頃にテレビで陸上選手がまっすぐ走っている姿を観て、かっこいいな、自分もあの人たちみたいになりたいなと願ったからだ。それから中学から陸上を始めて大会にも出ていたが良い結果を残すことができず、今では陸上を諦めかけている自分すらいる。だが、麗華は負けてもなお諦めずに走り続けている。そんな彼女を羨ましいと思った。

「星野さーん、次タイム測るよー!」
「あ、はーい!じゃあ後でね~」

同級生(明香里は知らない)に呼ばれてしまい小走りで麗華は行ってしまった。彼女の後ろ姿が少し大きく見えた。
スタートラインに立った麗華は真剣だった。さっきまでの雰囲気が嘘みたいに集中している。まるで―――
スタートの合図で走り出した。そのとき、麗華の姿とテレビで見た選手の姿が重なって見えた、ような気がした。真剣に突き進んでいてもどこか楽し気に走っている。明香里がテレビで見たアスリートもそんな感じで、今まで夢見てきた姿がこんな近くで観れるとは思いもよらなかった。

(私はなれないな...)

麗華みたいな輝きを持っていないことを自覚した。今の自分では到底なれないし、これからなれる想像もできない。自分に足りないものが分かった瞬間、諦めに近いようで違う考えが生まれた。

(けど、私が麗華をサポートしてもっとすごい選手にすることができれば!)

間接的に夢が叶ったといってもいいだろうと考えた。はたから見ればこんなのはただの逃避に見えるだろうが、この時の明香里はこれが最善であり希望だと思った。
それからの流れは早かった。顧問にマネージャーをやりたいと宣言したところすぐに対応してくれた。どうやらマネージャーの人手が足りていなかったらしくむしろありがたいと言われた。最初はマネージャーの説明を受けながら動き回っていたので麗華に近づくことができず少し残念だった。麗華は明香里がマネージャーになったことに驚いていたが、思いのほかすぐ慣れてマネージャーとして接していた。少しずつ慣れてくると案外マネージャーも楽しいなと思えた。自分が手助けをすることで周りが気持ちよく走れているというのが伝わってくるからだ。だが、明香里の目的は変わることはなかった。
星野麗華を輝かせる。そのために天竺明香里はマネージャーになった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから一年が経ったんだなと少し懐かしい気持ちになり、ずっと不思議そうにしている麗華に向き直った。

「私ね、テレビで見たアスリートに憧れて走ってたんだけど、麗ちゃんを見て自分じゃなくてこの人がなるべきだなって思ったの。だから私が麗ちゃんをサポートしてアスリート並みの選手にさせることができれば間接的に憧れた姿になれる、そう思ったから麗ちゃんをサポートしてるし走らない。マネージャーも楽しいって思えてるしね」

「そう...なんだ。でもあかりちゃんだってーー」

複雑そうな顔を浮かべて話す麗華をさえぎるように話を続けた。

「その続きは言わないで。なにも諦めたわけじゃないのよ。私の夢や憧れを麗ちゃんに託したの。それで誰にも負けない選手にさせる。だから全力で走って!私が絶対支えるから」

明香里は憧れた姿にはなれない。でも麗華にはその素質がある。だから明香里が支えることで麗華を今よりももっと強くさせる。そのために今まで頑張ってこれたしこれからも頑張るつもりだ。

「...うん、わかった。あかりちゃんの気持ち背負ってあげる。だからしっかりサポートしてよね!」
「うん。まかせて!」

「よしみんな―!練習再開するぞー」
顧問の合図によりみんな練習を再開した。麗華はグラウンドに行く途中明香里の方を振り返り少しかっこつけた。

「じゃあこの麗華ちゃんの走る姿しっかり見ててよね~!」
「うん!」
(やっぱり麗ちゃんは強いな)

彼女は活躍するべき人だ。だから明香里は麗華を支え続ける。
いつまでも。

続く
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