戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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新たな関係

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 湊の葬儀から間もなく、年明けに大きな異動があるとのウワサが広まった。
 それは、隊長代理である荒川の代わりに、新たな隊長が改めて配属されるだろうという内容だった。

「そりゃ、荒川大佐のおかげで、見違えるくらいよく練成されたと思うよ。けど、やっぱり代理は代理だからなぁ。大佐じゃ、隊長なるには星足りないもんな。で、どうなのよ?」

 向かいに座ってガツガツ昼飯を食べている脇田のフリに、夕は首を振る。

「俺に訊くなよ。人事のことなんか、わかるわけないだろ」

「そうだよなぁ。で、今度の演習のことは?」

「本決まりらしい」

 今度の演習というのは、春季訓練を兼ねて、高村のところがやってくるついでに、模擬戦まがいのことをしよう、というのである。

 これは、どうやら昨年末の国会で決まった夏からの国連軍本格始動への布石らしく、荒川は何度も宮内・石山中佐を呼んで、計画の練り直しをさせていた。

 最初は、鼻持ちならないエリート意識を前面に出していた二人だが、やはり荒川の経験に基づいた指摘は、二人の机上の空論なんかよりは数倍、いや数百倍説得力も根拠もあり、近頃では積極的に意見を求めるようになっている。
 これは、若い兵士の間でも同じで、結構、頻繁に、気軽に、隊長室にやってくる兵士が増えた。
 女性兵士たちは、時々雑談しに来ては、夕を追い出す。
 こっちは仕事してるんだと、何度怒り狂ったことか。
 でも、これが、別の隊長に代わったら、どうだろうか。

「あーあ。この期に及んで、朝礼でオヤジの長い説教なんか聞きたくねー。荒川大佐の挨拶、いっつも短くて、それでもっていい脚見れるってんで、兵士の間じゃ、至福のひとときって言われてんだぜ」

「至福って……」

「おまえ、いっつも一緒にいるから、見慣れちまってんだよ」

 そう言われれば、そうかも。
 いつも視界に入るところにいて、何をするときにも一番に呼ばれて自分は犬か、と思ったりすることもあるけれど。

「それで、進展は?」

「は? 進展? なんの?」

「かーっ! おまえ、ほんとダメだな。あのカワイイ短大生も振っちまったんだろ?」

「振る以前の問題だよ。付き合ってもいねーよ」

「ひでぇオトコだ」

「あっちだって、本気じゃないだろ」

「そうだけどよー」

 あまりにも簡単に手に入るものに、執着など感じない。
 傲慢かもしれないが、望んでも望んでも、なかなか手に出来ない方が、いい。

「城崎准尉」

 不意に、女性の声で呼ばれ、夕はあやうく味噌汁を噴出しかけた。

「え?」

「ちょっと、時間ありますか?」

 振り返ると、同期の笹谷准尉がそこにいた。

「今?」

「食べ終わったらでいいです。外で待ってます」

 夕の返事など聞きもせず、さっさと去っていく。

「おいおい…何しでかしたんだよ?」

 脇田が小声で囁くのは、笹谷の異名を意識してのことだ。
 鬼軍曹。
 格闘・射撃・持久走で検定二級の体力に、頭も悪くない。
 学歴ではなく、その実力で上級士官扱いとなった逸材でもある。

「気をつけてくれよぉ」

 気後れはするものの、待っている相手をシカトするわけにもいかず、食器を下げると足早に食堂を出た。

 笹谷は、夕が出てくると、歩きながら話したいと言った。

「率直に聞きますけど、城崎准尉。今、誰か付き合っている人、いますか?」

「え、いや、いないけど…」

「同期の石田、知ってますよね?」

「石田……ああ」

 確か、昨年ちょうど荒川が赴任する少し前に、告白されたことを思い出す。

「あのコと、付き合ってくれませんか?」

「はぁっ!?」

 夕は、あまりの驚きに、思わず立ち止まった。

「ちょっと、声が大きいですっ!」

「つか、自分、何言ってるかわかってんのかよ、お前」

「イロイロと、事情があるんです! そもそも、なんで告白断ったんですか」

「んなの、こっちの都合だろ。お前にカンケイないだろうが」

「人助けだと思って、お願いします! 城崎准尉なら、遊びでも、大したことにならないけど、他だと大事になるし」

 その言われようは、なんだか酷い。
 しかし、人助けとはなんだ。

「今、あのコ、思いつめるとちょっと危ないっていうか……」

「おいおい……そりゃ医者の出番だろ」

「そういうんじゃなくて。よくあるでしょう、ダメだってわかってても、やめられないってこと」

 それを訊いて、夕はやや思い当たる節があった。

「……不倫、か?」

「誰、とはいえないけど…」

 石田の告白を夕が断った理由は、実はそこにあった。
 ウワサではあったが、ある幹部と付き合っていると聞いていたのだ。
 もしかしたらウワサだけかもしれないのだが、同じ隊の人間とナントカ兄弟になるのは生理的にイヤだった。
 だから、断ったのだ。
 そもそもが、好きでもない、好みでもない女と付き合うほど、がっついてはいない。

「俺にアテ馬になれってのかよ」

「フリでもいいんです。他にも、目を向けられるようになれば、冷めると思うから……」

 そう言う笹谷の表情に、夕は少し引っかかるものがあった。

「そういうお前はどうなんだよ。何で、石田がヤバイって思うんだ?」

 笹谷の表情が、痛みを示す。

「同じだから。ちょっと前の私と。だから、ろくなことにならないってわかってるんです。でも、人の言うこと聞くくらいなら、そんなことにハマったりしないわけじゃないですか」

「相手の男を教えろよ。そっちに交渉した方が、早い」

「ダメです」

「幹部だからか?」

 夕の質問に、笹谷は頷いた。
 相手が幹部では、国連軍などという新米兵士の寄せ集めの上級士官の出る幕はない。

「荒川大佐には言ったのか?」

 笹谷は、まさか、という顔で夕を見上げた。

「話してみたら? 多分、ナントカしてくれるぜ」

「そんな……だって……荒川大佐だって幹部よ?」

「今、この師団ではあの人が一番偉い。それに……」

 夕は、少しためらった。その言葉を口にするのを。
 何故かというと、少し気恥ずかしかったからだ。

「荒川大佐は、信頼できる。俺は、あの人が判断を誤ったのを見たことがない。普段は、結構天然だけど、肝心なとき、あの人は絶対部下を裏切らない」

 笹谷は、唇をかんで少し考えていたが、わかった、と小さく呟いた。

「考えてみます」

「俺も、石田のこと、気をつけておくよ」

 夕の言葉に、笹谷はもう一度ありがとう、と小さく言った。 
 だが、その考えは、少々甘かった。
 事態は、とっくの昔に、切迫していたのだ。
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