戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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過去にならない過去 2

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 久しぶりに見た夢は、いつになくはっきりとした目覚めをもたらした。

 見慣れぬベッドボードのデジタル時計が、午前六時で規則正しく点滅している。

「ううん?」

 自分のものではない声がして、ぎょっとして見下ろすと、長い髪、そして白い肩が見えた。
 はっとして、自分自身を見下ろすと、しっかり……裸であった。

「なに? 何時?」

 聞き馴染みのない声。

 猛スピードで、頭の中で昨夜の記憶を繋ぎ合わせる。

 飲んだ。随分と。ハイペースで。
 意外に、合コンは楽しくて、気がついたら、横に結構好みのオンナが座っていた。
 柔らかくて、温かくて、いい匂いがして……。

 脇田と途中まで一緒だったのは、覚えている。
 どこかで、ちょっと休みたいなといわれたのだ。
 酔っちゃったし、終電終わっちゃったし。
 それなら、と手近のラブホに入った。入ったら、そりゃタダおしゃべりして、寝るなんてことにはならない。
 もちろん、ならなかっただろう……。

「えー? まだ六時じゃん」

 ふくれっつらの予想される声でいいながら、くるりとこちらを見上げる。

「早起きなのは、自衛隊サンだから?」

 正確に言えば、自衛隊ではないが、説明するのも面倒だった。
 一刻も早く、立ち去りたかった。

「え、ああ、そうかも。ごめん、起こして」

「ううん。もうちょっとこうしてたかっただけ。気持ちいいんだもん」

 ぎゅっと抱きしめられて、冷えたはずの身体に熱が灯る。
 頼りない夕の理性は、グラリと揺れた。

「ね?」

 柔らかい胸が、当たる。

 ヤバイ。

 夕は、慌ててその体を引き剥がした。

「ごめん、隊に戻らないと」

「ええっ? 日曜日じゃん!お休みじゃないの?」

「え、ああ、うん」

 ベッドを飛び降りると、脱ぎ散らかしてあった服をかき集めて、バスルームに逃げ込む。
 慌しくシャワーを浴び、服を着た拍子に、ジーンズのポケットから携帯が落ちた。
 拾い上げて、着信があったことに気づく。

 不在の着信は、昨日の午後十時。
 荒川からだった。



「朝ごはんくらい、一緒にと思ったのにぃ」

「ごめん、今度お詫びに奢るからさ」

 今流行の丈の短い防寒性など二の次にしか見えないコート、ミニスカートにブーツという姿の「成島京香(おそらく)」は、駅への入り口で、俺の腕に自分の胸を押し付けるようにして覗き込んでくる。

「今度って、ほんとにあるのかな?」

 内心、ギクリとしながら、俺は愛想笑いで誤魔化す。

「電話するよ」

「番号も知らないのに?」

 聞いていなかったか。

「じゃぁ、教えてよ」

「なんか、城崎君の言うこと、嘘っぽーい」

 ウソっぽいんじゃなくて、ウソなんだけど。とはいえない。

 こんなところでウダウダと言い合って、誰かに見られでもしたら…と思うと、気が気じゃなかった。

「せっかく、好みなのになぁ」

「そう? 俺もだよ」

 ああ、頼むから、さっさと……。

「赤外線も面倒でしょ? 番号は? ワンギリするから」

「090…」

 京香(仮)は、ワンギリした後、メルアドは? と尋ねてくる。
 俺が口にするままに長いメルアドを打ち終わり、ようやく空メールを送信すると、満足そうに頷いた。

「じゃぁ、またね」

 そう言って、少しだけ爪先立ちになると、キスをしてきた。
 まさか突き飛ばすわけにもいかず、固まった状態で受け止めた視界の端に、絶対に、絶対にそこにいるはずのない、いてほしくない人が映った。

「バイバイ!」

 身を翻す相手に手を振ることも忘れ、大きく目を見開いてこちらを見つめる人を見つめ返す。

「おい、荒川! 何、突っ立ってんだよ」

 その人の後ろからやって来た、長身で細身の男が、その後頭部を小突く。

「なに、どうした、和生ちゃん? カレシの浮気現場でも発見しちゃったような顔して」

 別の、これも長身で、こちらは体格のいい男が、ニヤニヤ笑って覗き込む。

「どーしたどーした。またナンかやらかしたのか、荒川は? まさか、駅、間違えたとかいわねーよな?」

 どやどやと、現れた一団は、どうみてもカタギではなく、自衛官だ。

 この場で説明する気はなかったらしく、荒川はふいっと俺から視線を逸らし、ロータリーに止まっているタクシーへと歩き出した。

「おいおい、荒川! レンタカーはそっちじゃないぞー!」

 ゲラゲラと笑う声が響く中、夕は駅に背を向けると、逃げるように走り出した。

 かけ直そうと思っていた電話は、かけられるはずも、なかった。





「サイアクだな」

 寮に戻り、どうやらこちらも朝帰りだった脇田に、今朝の出来事を話すと、心底同情された。

「そして、見事なタイミングだな」

「どうせ……こんなもんだよ、俺の人生は」

「いや、しかし……逆にチャンスかも」

 脇田の言葉に、夕は噛み付いた。

「は? どこが? 何が? おまえ、上官に朝帰りの現場で、いちゃついてんの、しかも人通りの多いところでキスしてんの目撃されて、どこがチャンスなんだよ? 何のチャンスなんだよ?」

 わめく夕に対し、脇田はニヤリと笑った。

「オトコとしての城崎を目撃したってことじゃねーか」

「ああ、ああ、オトコだよ、俺は。酔った勢いで、名前もロクに覚えてないオンナとヤっちまうくらい、高校生のガキ並に、がっついてるよ」

「いいんじゃないの。おまえも十分そういうフツーのオトコだってことだろ。紳士すぎんだよ、おまえ。ま、それだけ本気だってことかもしれないけどな」

「は? 何、ぬかしてんだ、おまえ」

「お子様には、まだわかんねーだろうなぁ。はいはい」

 脇田は、それっきり取り合ってくれず、夕としては自分で穴を掘ってそこに入って、上から蓋をして欲しいほど、消え入りたい気分だった。

 サイアクなのは、そんな状態でも、隊長代理付の任務は変わりないということだ。

 プライベートなことだからと、何もなかったかようなフリが出来るほど、器用なわけでもない。

 通常の業務が始まる前に、夕は、何とかしなくてはならなかった。
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