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猫を被らないネコ
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無事に検閲が終わった翌週。
冬へ向けて冬季訓練のためのスキー道具の手入れなど、ややゆったりとした空気が流れるはずが、今年は違った。
秋晴れの美しい空の下、一同に集められた兵士たちは、これから行われる訓練の内容を聞くにつれ、だんだんと青ざめていった。
第一、第二連隊を率いている宮内中佐と石山中佐、その横には戦闘服姿の荒川大佐もおり、悪夢の予行演習を思い起こしてか、すでに視線が落ち着かなくなっている者もいる。
武装走、フル装備での障害走、ハイポート、フル装備での腕立て、と一日のメニューとは思えない、盛りだくさんの内容。
全員、指示された相手とバディを組まされたが、相手によって負担の割合が違うため、悲喜こもごもの様相を呈する。
特に、つい最近配属となった新米兵士は、まだまだ体が出来上がっておらず、様々なコツも飲み込めていないため、バディの負担はかなりのものになる。
特に、新米兵士の中でも後方支援組で配属となった掛川は、どうしてこの人物が採用されたのか? というような兵士としての出来の悪さが際立っており、これまでの訓練でも体力検定が基準を上回ったことがない。
後方要員として配属されて、デスクワークに着くからと言って、基本的な訓練をクリアできなければ、そもそも兵士とはいえない。
大卒ということで、体力的なハンデは仕方ないところもあるのだが、本人が懸命に取組まないというのが、まわりの反感を買うことにもつながっており、年下の兵士からは、結構バカにされているようだ。
最初、そのバディを命じられたのは古参で体力のある脇田で、本人はべそをかきそうな表情だったが、これから訓練開始というときに、荒川が二人に歩み寄った。
「脇田准尉は、城崎准尉とバディを組みなさい。掛川は、私と組むように」
脇田よりも掛川の方が驚いて、神経質そうな顔が間抜けな表情になる。
「それなら、俺が……」
いくら掛川が新米とはいえ、その体格はやはり荒川を上回るだろう。
夕が言いかけると、荒川は鋭く拒絶した。
「これは、命令です」
脇田と顔を見合わせたものの、命令に逆らえるはずもなく、結局他の兵士たちの後を追って走り出した。
ほとんどの兵士が、もちろん女性兵士も指定された距離を走り終え、十分間の休憩を許されているとき、掛川はまだトラックの上を喘ぎ喘ぎ、よろめきながら走っていた。
その横には、荒川の姿がある。
すでに、掛川の装備品は、荒川が背負っている。
「おいおい……」
二人を見ている兵士の中には、露骨に顔をしかめるものも多い。
荒川の経歴は、すでに周知のものとなっているが、二人分の装備を背負って走るのがどれだけ辛いか、誰だって知っている。
「ったく、早く走れよ」
身軽であるはずなのに、掛川の足取りは、相変わらず重い。
挙句、とうとう歩き出した。
荒川は、少し先で待っている。
「……ダメだな、あいつは」
吐き捨てるように、石山中佐が言う。
荒川は、一度、兵士たちが集まっているゴールを振り返ると、何ごとかを掛川に言ったようだ。
掛川は首を振り、座り込もうとする。
その腕を取って無理やり立たせると、荒川は信じられない行動に出た。
「おいっ、まさか……」
なんと、荒川は、掛川を両肩に担ぎ上げたのである。
そして、誰もが驚いて見つめる中、走り出した。
「信じられねぇ……」
思わず呟く脇田に、夕も頷く。
荒川は、残り二百メートルの距離を一度も立ち止まらず、掛川とその装備を担いだまま、ゴールした。
ゴールすると同時に、その体を地面へ放り出す。
さすがに息が切れてはいるが、へばるほどでもないらしく、無言で呼吸を整える。
掛川は、自分の身に起こったことが信じられないらしく、放り投げられた装備を抱えたまま、座り込んでいた。
「石山中佐。あと何分ある?」
あっさりと呼吸を整えた荒川大佐が尋ねる。
「二分です」
「次は?」
「障害です」
そしてきっちり二分後、座り込んだままの掛川を引きずるようにして、障害走へと向かう他の兵士たちの後ろに続いたのだった。
そこでもまた、驚愕の光景を目の当たりにすることになった。
高い塀や障害物を助け合いながら乗り越える障害走だが、掛川が荒川を助けることなど、不可能だった。
熟練した隊員は、一人でも障害を越えられるが、まったく役にたたない素人を背負ったり、押し上げたりして越えるなど、論外である。
しかも、自分よりデカイ相手を、だ。
「城崎……あの人、化け物かも」
脇田の呟きに、夕はまったく反論できなかった。
だらしなくずるずると壁を滑り落ちる掛川を下から押し上げ、時には肩に担いだまま、ロープで斜面を登りきる。
自分の体を踏み台にさせ、壁を乗り越えさせる。
その間、装備は二人分。
ようよう、ゴールにたどり着いた掛川は、もう一歩も動けないという様で地面に転がったが、荒川は一度も腰を下ろして休もうとしない。
滝のように流れ落ちる汗を拭い、ほんの少し水で喉を潤すと、無言で呼吸を整える。
一度も、掛川を怒鳴ったり、けしかけたりしない。
そうすることが、当たり前だという表情で、なんら感情をのぞかせない。
「宮内中佐、次は?」
「ハイポートです」
一人ずつ用意された小銃を受け取り、安全を確認する。
もたつく掛川に、荒川は安全確認のやり方を、懇切丁寧に説明している。
そんなこと、とっくの昔に習得しているべきことなのだが。
再び走り出した兵士たちは、そろそろ肺も足も悲鳴を上げだしており、バディ同士で励ましあい、助け合う。
時々銃を持ったり持たれたりしながら、何とか五キロの距離を走りきる。
最後まで残ったのは、言うまでもない。掛川と荒川だ。
まだトラック三周を残している二人は、地面に転がって休む兵士たちの前を走りすぎる。
さすがの荒川も、時折その表情がゆがむのがわかる。
掛川にいたっては、死にそう、である。
「…もう、限界じゃないですか?」
そう進言すると、宮内と石山は顔を見合わせた。
「掛川にしては、頑張ったほうじゃないですか」
脇田も口を添える。
他の隊員たちも、神妙な表情で二人を見上げている。
「だが……口を挟むな、と言われているんだよ」
石山は、渋々そう説明した。
「…荒川大佐は、はじめから、掛川とバディを組むと言ったんだ。ここで何とかしないと、隊全体が危うくなる。仕方がないじゃ、済まされない。こんなもんだろ、では隊が成り立たない。何より、掛川自身が、変われない、と」
それは、事実だ。
一人の不手際、一人の行動が、隊全部の運命を左右する。
隊は、一人で出来ているのではないのだから。
「でも…」
「やると言ったら、やめないよ。あの人は」
夕の言葉に、脇田は少し不満そうな表情をする。
やがて、というか、とうとう、掛川の足が止まった。
銃を杖にして、屈みこむその肩が、激しく上下する。
荒川は、その脇に立ってしばらく待っていたが、何かを尋ねたようだ。
掛川が激しく首を振るのが見える。
そして、その場にいた者たちは再び、驚きの光景を目にした。
自分の銃を地面に置くと、掛川兵を銃ごと、肩に横向きに担ぎ上げた。
そして、その背を固定するよう、自分の銃を回す。
「まさか…」
宮内が、唖然とする。
誰もが、それで走れるとは、思わなかった。
だが、荒川は走り出したのだ。
あと二周を走りきる気なのだ。
目の前を通り過ぎたその表情に、もう余裕などはなかった。
歯を食いしばり、流れ落ちる汗でその髪は頬に貼り付き、呼吸は荒い。
それでも、その足は折れることをヨシとしない。
夕は、自分の銃を背に回すと、二人を追って走り出した。
「荒川大佐。代わります」
横目で見るその表情は、口を出すな、余計なことをするなと物語っていたが、夕はそれを無視して腕を伸ばした。
「バディも大事ですが、俺も隊の一員です。バディだけで支えきれないときは、隊全員で支えます」
荒川は、「生意気な」というように笑うと、銃を差し出した。
「装備、もって」
掛川は、あくまで自分が担ぐ。
そういうことだ。
夕は、荒川の銃と掛川の銃、背嚢を持った。
それだけでも、かなりの重量だ。
「俺にも寄越せ」
脇田が横に並んだ。
二人分の装備を分け合い、荒川の速度に合わせて走る。
担がれたままの掛川と目が合った。
その表情は、これまで見たことのないものだった。
唇を噛み締めて、なす術もなく、荒川の肩に、自分より遥かに細い肩にしがみついている。
その目に、滲むものがあった。
「…はぁっ…つか、重いんだよっ!」
ついに走りきって、荒川は掛川を地面に放り出した。
夕と脇田もかなり息を荒らげた状態で、地面に装備を下ろすと座り込んだ。
荒い呼吸をしていた荒川は、ものの数分で呼吸を整えると、地面に転がったまま目をつぶっている掛川の足を、足でつついた。
「死んだフリは、やめときな」
ノロノロと起き上がった掛川は、悔しそうな表情を隠そうともせず、俯いたまま地面を睨みつける。
「顔、上げろ」
イヤイヤ顔を上げた掛川に、荒川は実に屈託のない笑顔を向けた。
「あと十キロは絞ってもらわないと、担ぐ方もしんどいよ」
その口調には、どこにも非難の色はなく、まるで友達同士、部活の練習でもしているかのようなあっけらかんとしたものだった。
掛川は、たまらず、震える唇を開いた。
「ど……うして、ですか。自分、は、あんなに、迷惑をかけて……」
「迷惑? 迷惑じゃない。相手に能力がないなら、それを補うのがバディの役目だ。私は、私の任務を果たしただけだよ。だからそれを、負担に思うことは何もない。掛川がベストを尽くしたのなら、それでいい。あとは、私が補う。それが、当然だから」
掛川は、何かを言おうとしたが、その口から漏れたのは、嗚咽だった。
「バディを見捨てて自分だけ逃げるくらいなら、私はそこで一緒に戦う。諦めたからじゃない。二人とも助かるために」
泣きじゃくる掛川の肩を叩いて、荒川は石山を振り返った。
「次は?」
その体力は、まさに化け物だ、と石山の表情は物語っていた。
「腕立て、ですが」
「女は両腕、男はワンハンドだね」
「えっ!」
その場にいた男どもが驚きの表情になる。
「何か? 左右五十回ずつくらい、いけるでしょ?」
「それは……もちろん、フル装備で、ですよね?」
宮内が恐る恐る尋ねると、荒川はにっこり笑って頷いた。
冬へ向けて冬季訓練のためのスキー道具の手入れなど、ややゆったりとした空気が流れるはずが、今年は違った。
秋晴れの美しい空の下、一同に集められた兵士たちは、これから行われる訓練の内容を聞くにつれ、だんだんと青ざめていった。
第一、第二連隊を率いている宮内中佐と石山中佐、その横には戦闘服姿の荒川大佐もおり、悪夢の予行演習を思い起こしてか、すでに視線が落ち着かなくなっている者もいる。
武装走、フル装備での障害走、ハイポート、フル装備での腕立て、と一日のメニューとは思えない、盛りだくさんの内容。
全員、指示された相手とバディを組まされたが、相手によって負担の割合が違うため、悲喜こもごもの様相を呈する。
特に、つい最近配属となった新米兵士は、まだまだ体が出来上がっておらず、様々なコツも飲み込めていないため、バディの負担はかなりのものになる。
特に、新米兵士の中でも後方支援組で配属となった掛川は、どうしてこの人物が採用されたのか? というような兵士としての出来の悪さが際立っており、これまでの訓練でも体力検定が基準を上回ったことがない。
後方要員として配属されて、デスクワークに着くからと言って、基本的な訓練をクリアできなければ、そもそも兵士とはいえない。
大卒ということで、体力的なハンデは仕方ないところもあるのだが、本人が懸命に取組まないというのが、まわりの反感を買うことにもつながっており、年下の兵士からは、結構バカにされているようだ。
最初、そのバディを命じられたのは古参で体力のある脇田で、本人はべそをかきそうな表情だったが、これから訓練開始というときに、荒川が二人に歩み寄った。
「脇田准尉は、城崎准尉とバディを組みなさい。掛川は、私と組むように」
脇田よりも掛川の方が驚いて、神経質そうな顔が間抜けな表情になる。
「それなら、俺が……」
いくら掛川が新米とはいえ、その体格はやはり荒川を上回るだろう。
夕が言いかけると、荒川は鋭く拒絶した。
「これは、命令です」
脇田と顔を見合わせたものの、命令に逆らえるはずもなく、結局他の兵士たちの後を追って走り出した。
ほとんどの兵士が、もちろん女性兵士も指定された距離を走り終え、十分間の休憩を許されているとき、掛川はまだトラックの上を喘ぎ喘ぎ、よろめきながら走っていた。
その横には、荒川の姿がある。
すでに、掛川の装備品は、荒川が背負っている。
「おいおい……」
二人を見ている兵士の中には、露骨に顔をしかめるものも多い。
荒川の経歴は、すでに周知のものとなっているが、二人分の装備を背負って走るのがどれだけ辛いか、誰だって知っている。
「ったく、早く走れよ」
身軽であるはずなのに、掛川の足取りは、相変わらず重い。
挙句、とうとう歩き出した。
荒川は、少し先で待っている。
「……ダメだな、あいつは」
吐き捨てるように、石山中佐が言う。
荒川は、一度、兵士たちが集まっているゴールを振り返ると、何ごとかを掛川に言ったようだ。
掛川は首を振り、座り込もうとする。
その腕を取って無理やり立たせると、荒川は信じられない行動に出た。
「おいっ、まさか……」
なんと、荒川は、掛川を両肩に担ぎ上げたのである。
そして、誰もが驚いて見つめる中、走り出した。
「信じられねぇ……」
思わず呟く脇田に、夕も頷く。
荒川は、残り二百メートルの距離を一度も立ち止まらず、掛川とその装備を担いだまま、ゴールした。
ゴールすると同時に、その体を地面へ放り出す。
さすがに息が切れてはいるが、へばるほどでもないらしく、無言で呼吸を整える。
掛川は、自分の身に起こったことが信じられないらしく、放り投げられた装備を抱えたまま、座り込んでいた。
「石山中佐。あと何分ある?」
あっさりと呼吸を整えた荒川大佐が尋ねる。
「二分です」
「次は?」
「障害です」
そしてきっちり二分後、座り込んだままの掛川を引きずるようにして、障害走へと向かう他の兵士たちの後ろに続いたのだった。
そこでもまた、驚愕の光景を目の当たりにすることになった。
高い塀や障害物を助け合いながら乗り越える障害走だが、掛川が荒川を助けることなど、不可能だった。
熟練した隊員は、一人でも障害を越えられるが、まったく役にたたない素人を背負ったり、押し上げたりして越えるなど、論外である。
しかも、自分よりデカイ相手を、だ。
「城崎……あの人、化け物かも」
脇田の呟きに、夕はまったく反論できなかった。
だらしなくずるずると壁を滑り落ちる掛川を下から押し上げ、時には肩に担いだまま、ロープで斜面を登りきる。
自分の体を踏み台にさせ、壁を乗り越えさせる。
その間、装備は二人分。
ようよう、ゴールにたどり着いた掛川は、もう一歩も動けないという様で地面に転がったが、荒川は一度も腰を下ろして休もうとしない。
滝のように流れ落ちる汗を拭い、ほんの少し水で喉を潤すと、無言で呼吸を整える。
一度も、掛川を怒鳴ったり、けしかけたりしない。
そうすることが、当たり前だという表情で、なんら感情をのぞかせない。
「宮内中佐、次は?」
「ハイポートです」
一人ずつ用意された小銃を受け取り、安全を確認する。
もたつく掛川に、荒川は安全確認のやり方を、懇切丁寧に説明している。
そんなこと、とっくの昔に習得しているべきことなのだが。
再び走り出した兵士たちは、そろそろ肺も足も悲鳴を上げだしており、バディ同士で励ましあい、助け合う。
時々銃を持ったり持たれたりしながら、何とか五キロの距離を走りきる。
最後まで残ったのは、言うまでもない。掛川と荒川だ。
まだトラック三周を残している二人は、地面に転がって休む兵士たちの前を走りすぎる。
さすがの荒川も、時折その表情がゆがむのがわかる。
掛川にいたっては、死にそう、である。
「…もう、限界じゃないですか?」
そう進言すると、宮内と石山は顔を見合わせた。
「掛川にしては、頑張ったほうじゃないですか」
脇田も口を添える。
他の隊員たちも、神妙な表情で二人を見上げている。
「だが……口を挟むな、と言われているんだよ」
石山は、渋々そう説明した。
「…荒川大佐は、はじめから、掛川とバディを組むと言ったんだ。ここで何とかしないと、隊全体が危うくなる。仕方がないじゃ、済まされない。こんなもんだろ、では隊が成り立たない。何より、掛川自身が、変われない、と」
それは、事実だ。
一人の不手際、一人の行動が、隊全部の運命を左右する。
隊は、一人で出来ているのではないのだから。
「でも…」
「やると言ったら、やめないよ。あの人は」
夕の言葉に、脇田は少し不満そうな表情をする。
やがて、というか、とうとう、掛川の足が止まった。
銃を杖にして、屈みこむその肩が、激しく上下する。
荒川は、その脇に立ってしばらく待っていたが、何かを尋ねたようだ。
掛川が激しく首を振るのが見える。
そして、その場にいた者たちは再び、驚きの光景を目にした。
自分の銃を地面に置くと、掛川兵を銃ごと、肩に横向きに担ぎ上げた。
そして、その背を固定するよう、自分の銃を回す。
「まさか…」
宮内が、唖然とする。
誰もが、それで走れるとは、思わなかった。
だが、荒川は走り出したのだ。
あと二周を走りきる気なのだ。
目の前を通り過ぎたその表情に、もう余裕などはなかった。
歯を食いしばり、流れ落ちる汗でその髪は頬に貼り付き、呼吸は荒い。
それでも、その足は折れることをヨシとしない。
夕は、自分の銃を背に回すと、二人を追って走り出した。
「荒川大佐。代わります」
横目で見るその表情は、口を出すな、余計なことをするなと物語っていたが、夕はそれを無視して腕を伸ばした。
「バディも大事ですが、俺も隊の一員です。バディだけで支えきれないときは、隊全員で支えます」
荒川は、「生意気な」というように笑うと、銃を差し出した。
「装備、もって」
掛川は、あくまで自分が担ぐ。
そういうことだ。
夕は、荒川の銃と掛川の銃、背嚢を持った。
それだけでも、かなりの重量だ。
「俺にも寄越せ」
脇田が横に並んだ。
二人分の装備を分け合い、荒川の速度に合わせて走る。
担がれたままの掛川と目が合った。
その表情は、これまで見たことのないものだった。
唇を噛み締めて、なす術もなく、荒川の肩に、自分より遥かに細い肩にしがみついている。
その目に、滲むものがあった。
「…はぁっ…つか、重いんだよっ!」
ついに走りきって、荒川は掛川を地面に放り出した。
夕と脇田もかなり息を荒らげた状態で、地面に装備を下ろすと座り込んだ。
荒い呼吸をしていた荒川は、ものの数分で呼吸を整えると、地面に転がったまま目をつぶっている掛川の足を、足でつついた。
「死んだフリは、やめときな」
ノロノロと起き上がった掛川は、悔しそうな表情を隠そうともせず、俯いたまま地面を睨みつける。
「顔、上げろ」
イヤイヤ顔を上げた掛川に、荒川は実に屈託のない笑顔を向けた。
「あと十キロは絞ってもらわないと、担ぐ方もしんどいよ」
その口調には、どこにも非難の色はなく、まるで友達同士、部活の練習でもしているかのようなあっけらかんとしたものだった。
掛川は、たまらず、震える唇を開いた。
「ど……うして、ですか。自分、は、あんなに、迷惑をかけて……」
「迷惑? 迷惑じゃない。相手に能力がないなら、それを補うのがバディの役目だ。私は、私の任務を果たしただけだよ。だからそれを、負担に思うことは何もない。掛川がベストを尽くしたのなら、それでいい。あとは、私が補う。それが、当然だから」
掛川は、何かを言おうとしたが、その口から漏れたのは、嗚咽だった。
「バディを見捨てて自分だけ逃げるくらいなら、私はそこで一緒に戦う。諦めたからじゃない。二人とも助かるために」
泣きじゃくる掛川の肩を叩いて、荒川は石山を振り返った。
「次は?」
その体力は、まさに化け物だ、と石山の表情は物語っていた。
「腕立て、ですが」
「女は両腕、男はワンハンドだね」
「えっ!」
その場にいた男どもが驚きの表情になる。
「何か? 左右五十回ずつくらい、いけるでしょ?」
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宮内が恐る恐る尋ねると、荒川はにっこり笑って頷いた。
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