戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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気付きたくなかったもの 2

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 夕方の業務終了間際に、隣県の自衛隊駐屯地から一個連隊がやってきて、基地内のグランドはあっという間にカーキ色のテントで埋まった。

 忙しい糧食班にかなりの隊員が借り出され、夕が寮に戻ったときには、数人しか残っていなかった。
 そんな状況でも、要領のいい脇田はちゃっかりと部屋にいて、外出の準備をしていた。

「新しい女か?」

「いや、息抜き。WACは、趣味じゃねーよ。あっちの大隊に、知り合いだったヤツがいるんで、合コンのセッティングしたんだ。こっちの女性兵士も連れて行くってことで」

「やることにソツがないよ、お前は。ほんと」

 移動日が今日で、明日が土曜だということも、事前に調査済みだろう。

「おまえも行くか? おまえいたら、結構いいアテ馬になるんだけどな」

「アテ馬って……人をなんだと思って……」

「いいだろ、それだけモテるってことだ。どうする? 行くか?」

「いや、予定があるから……」

「予定? なに、荒川大佐とデートか?」

 脇田のにやにやした笑いに、夕はふくれあがった。

「ちげーよ。あっちの隊長が荒川大佐の同期で、飲む約束をしてるから、ついでに日々、俺に与えている精神的苦痛への詫びに、奢ってくれるんだとよ。俺だって、合コンの予定を聞いていたら、そっちに乗ったのに」

「いやいや。お前は、絶対に荒川大佐の誘いを断らない」

「そんなこと……」

 ない、と俺が言う前に、脇田は真顔で囁いた。

「俺だって、お前の立場なら断わらねーよ。命、惜しいからな」



 待ち合わせに指定された店に行くと、二人はすでに来ていた。
 夕が恐縮して会釈をすると、「まずはビールだろ」と勝手に大ジョッキを注文される。

「すみません」

「そう、固くなるなよ。このおっそろしいオンナと違って、絡んだりしねーから」

 笑いながら握手のために手を差し出した高村直次大佐は、身長百八十センチは軽くあるだろう長身で、医官の山本が見たら涎を垂らしそうな、実にいい体をしている。
 日に焼けた顔も、いい意味で無骨な感じが男らしい。

「改めて、高村だ。よろしくな」

「城崎夕です」

 フランクな人柄らしく、制服を脱いだら無礼講だと、まったく自分の階級を鼻にかけない。
 この人柄で、特戦出身の猛者。さぞや、部下に慕われているだろうな、と夕は思った。

「いやぁ、この間も思ったんだけどよ。城崎は、お前の新しい被害者にしちゃ、ちょっとレベル高すぎだな」

「何の被害者よ。人聞きの悪い」

 既に、二杯目らしいジョッキを空けて、荒川は目の前の同期を睨む。

「大変だろ、コイツの下でやるの。ウワサ、聞いたぜ? この間の予行演習で、連隊長縛り上げたって……」

「あんた、妙な言い方しないでよ。それじゃ変態プレイでしょ」

「変態の方が、まだマシだぜ。少なくとも、傷ものにはならない」

「手加減したわよ! 第一、縛ったのは私じゃなくて城崎准尉だからね」

「お、俺はっ、何もっ! 全部、荒川大佐が命令したんじゃないですか!」

「上官の無謀を諌めるのも、部下の役目でしょ」

「はぁっ!?」

 さすがにキレそうになったとき、タイミング良くビールがやってきた。

「まぁまぁ、落ち着いて。今夜は、たっぷりグチ聞いてやるよ。お前の苦労は、ようくわかるよ。さ、飲め飲め」

 言われるまでもなく、夕は飲む気満々だった。

 あのとんでもない予行演習以来、どれほど内部の風当たりが強かったか。どれほど宮内に嫌味を言われたことか。どれほど脇田の理不尽な要求を呑まされたことか。などなどを思い出し、怒りがふつふつと湧きあがり、こめかみで脈打つ。

「おーい、もう一杯!」

 一息にジョッキを空けた夕に、荒川の表情が、やや後悔の色を浮かべはじめる。

「城崎准尉……もうちょっとゆっくり飲んだほうが……」

「どう飲もうと、俺の自由です。荒川大佐には、カンケイありません」

「そうだそうだ。柵の外でまで、こんなヤツに従うことはない」

「ちょと、高村……」

「大体、何で俺ばっかりこんな目に……」

 三杯目のジョッキが空になるころには、夕は涙目で高村にこれまでの数々の悲惨な経験を語っていた。
 高村は、よくわかると何度も頷き、すべて荒川が悪い、おまえは何も悪くないとまで言ってくれた。
 五杯目のジョッキを空にする頃には、ようやく夕もスッキリして、自分のグチばかりの話を詫びる余裕を取り戻していた。

「すいません、自分のことばっかり喋って……でも、すっきりしました。ありがとうございます」

「おう、気にするな。こんな話、同期のヤツラには出来ないだろうからなぁ。それに、話してもわかってもらえないだろうし。荒川は、見た目は大人しそうだし、でかいネコをかぶってるからなぁ」

「そうなんです。俺がいくら本当は違うんだと言っても、誰も聞いてくれなくて……うっ」

 ぎりっと、掘りごたつの中の右足が、踏み潰された。
 横には、そ知らぬふりで、七杯目のジョッキを傾ける荒川がいる。
 その眉は、怒りのためか、ピクピクと震えている。

「さて、もうだいぶ食ったし、ビールも飽きた! 場所変えようぜ。どっか、暇そうなスナックがいいなぁ。うるせぇ客のいないところ。城崎、どっか知ってるか? お前らがいつも行くような、オネェちゃんのいる店じゃなくて、おばちゃんの店だ」

「つぶれそうなのなら、一つありますが……」

「よし、移動だ移動」

 店を出て、意気揚々と歩く俺と高村の後を、荒川は少し離れてついて来る。
 あまり距離が開くのも心配で、夕が何度も振り向くのを見た高村が、立ち止まる。

「おい、さっさと行くぞ、荒川。何、ふくれっつらしてんだよ。全部本当のことじゃねーか。それでも、健気にお前の下で働いてる城崎准尉に、礼くらい言ってもいいだろうに」

「全部、私が悪いみたいじゃん」

「全部、お前が悪いんだよ」

「別に、わざとやってるわけじゃないのに……」

 抗議の声には、すっかり元気が無い。
 二対一という数の有利をいいことに、ちょっと言い過ぎたかも知れないと、夕は少しだけ反省した。

「すみません。俺、つい、酔って言い過ぎました。グチはあるけど、でも、俺、荒川大佐のことキライじゃないですよ」

 ちょっとリップサービスが過ぎたか、と思ったが、荒川はパッと顔を上げて、にっこり笑った。

「じゃ、許す」

 あっけないほど、あっという間に元気を取り戻した荒川は、先に歩き出した高村の脇腹にかるいジャブを食らわせると、振り回したカバンを、夕の後頭部に直撃させた。

「さ、飲みなおすぞ!」
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