戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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塗り替えられる日常 4

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 その後の展開に、夕は自分の目を覆いたくなるのを必死に堪えなくてはならなかった。

 荒川以下教育隊の面々は、恐ろしいまでの狙撃の腕で、本部のテント周りにいた一個小隊を、呆気なく殲滅させた。
 夕がしたのは、そいつらの武装解除だけだ。
 狐につままれたような表情の隊員たちを一箇所に集めて、丁寧に後ろ手に縛り上げてから、テントの正面へ回る。
 そこには、三ツ矢と共に、口を大きく開けたまま固まった宮内が、突っ立っていた。
 二人の前には、銃を構える荒川が立っている。

「な、ななな何を」

「無線で、別働隊に連絡しろ。本部急襲されり。至急救援を要す、と」

 三ツ矢は、荒川と宮内を交互に見つめ、どちらの命令に従うべきか迷っている。

「やらなきゃ、撃つ」

 宮内は、震える手で無線を取ると、言われた言葉を復唱した。

「こ、こちら本部。我、急襲されり。至急救援を要す。至急救援を要す」

 通信を終えると、机の横に立てかけてあった銃を取ろうとするそぶりを見せた。
 その瞬間、パンという乾いた音と共に、やや弛んだ太股の外側に、鮮血と見まごうばかりのオレンジ色の蛍光ペイントが飛び散った。

「ぎゃっ!」

 宮内は、そのまま腰を抜かしてひっくり返った。

「れ、連隊長!」

 驚いた三ツ矢の駆け寄ろうとする爪先に、パンという音と共に再び蛍光ペイントが飛び散る。
 発砲したのは、野上だ。

「動くな。ビビんなって。そいつには当ててない。服に着弾させただけだ」

「へ?」

 宮内は、自分で自分の太ももを触って確認し、安堵の表情を浮かべた。
 夕は、数ミリの誤差を操るその腕に、心底脱帽した。

「二人とも、縛り上げて転がしておけ」

 夕は、すっかり戦意喪失した宮内に、心の中で詫びつつも、三ツ矢と一緒にして、その手を後ろ手に縛り上げた。

「移動する」

 まだやるのかと、夕は呆れたが、どうやら荒川隊は相手を全滅させる気らしい。
 本部正面の道路に作られた防壁で、雪村らが配備されていた歩哨たちが戻ってくるのを待ち伏せ、五人ほどを狙撃して、これも縛り上げて宮内の足下へ転がしておく。

「無線傍受」

 敵対している相手の様子を知るために、やりとりを聞く。

「どうやら、別働隊はやられたみたいだね」

「小川少佐の隊、こちらへ前進してきます」

 雪村が「どうする」と問いかける。

「引き上げる。ちょっとした仕掛けをしてね」

 荒川の指示で、一隊は防護壁となっている土嚢の間に、テグスを用いてトラップを作っていく。
 そこには、小型の手榴弾のようなものをぶら下げていた。

「一体、何をしたんです?」

「閃光弾と催涙弾。ちょっとした爆発に見える。無造作にジープや装甲車で走れば、びっくりするよ」

 さぞ、面白い光景だろうというように、防弾マスクの向こうの目が笑っている。

 悪魔だ。

 夕は、心底、そう思った。

 無線が、第一防衛ラインを突破したという報告を告げるのを聞き、荒川は引き上げると決めた。

「ああ、いい運動になった!」

 そう言いながら、小銃を両手に持って軽がると高く差し伸べ、伸びをする。
 雪村以下は、一足先に退路の確保のために、退却している。
 そのまま、荒川も来た道をジープへ戻るのかと思いきや、本部テントを覗いて、防護マスクを外した。

「必須装備、だったよね?宮内中佐」

 にっこりと笑い、そのマスクを地面に転がる宮内の足もとへと放り投げた。
 そこに転がされていた兵士たちは、わけがわからない状況の中、自分たちをこんな目にあわせた人物の素顔を見て、呆然としていた。

「もうすぐ、小川少佐の隊が到着する。トラップし掛けといたから。いい花火、見られるよ。大規模演習でなきゃ、なかなか見られない光景だからね」

「こ、こんな、こんなことをして……こんなことをしてっ」

 怒りのあまり、宮内の顔が赤を通り越して、どす黒くなる。
 だが、荒川大佐は全く取り合う様子もなく、パン、と一発、宮内の頭上に向かって発砲した。

「死体は、喋らない。あんまりごちゃごちゃうるさいと、ホントに口封じるよ?」

 宮内の顔色が一気に青くなったの見て、満足そうに頷くと、軽い足取りで歩き出す。
 転がる兵士たちを見渡した夕は、脇田と目があった。
 驚愕の表情で見つめる同期に、夕はスマン、と心の中で謝った。

「さてと。コンビニでなんか買って帰ろうか」

 ジープに戻った途端の荒川の発言に、夕はもう言い返す気も起きなかった。
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