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塗り替えられる日常 3
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ジープを遥か手前に止めて、道路脇の藪を進んでたどり着いた西側登山道の入り口には、申し訳程度に歩哨が一人立っており、その背後にはオフロードバイクと交代要員がいるだろう土嚢の防壁がある。
こちらの歩哨は、一応小銃を発砲体制に整え、辺りを警戒しているようだ。
だが、作戦本部から増援が送られた様子はない。
あの無線の内容を本気で検討しなかったのだろうか。
「こんなポイントに一人で立たせるなんて、無謀ですね」
すでに散開して状況を観察していた雪村は、暗闇でにやりと笑った。
白い歯が見えないように、唇を歪めただけである。
「一人だろうと十人だろうと、実際のとこ問題ないですけどね」
野上の声だと気づき、夕は暗がりでその姿を探した。
「おまえ、命拾いしたな、城崎。あっち側にいないこと感謝しろよ」
暗がりの中、横に移動してきた野上が、軽く肩を叩く。
「城崎准尉。私が右手に回り込む。左、八時の方向から狙撃しろ」
荒川の命令に、夕は、もうどうにでもなれ、という気分で、言われた通り歩哨の位置を見ながら八時の方向へと身を屈めて移動する。
サバイバルゲーム用のペイント弾はもちろん玩具なのだが、当たると結構痛い。素肌に命中すれば擦傷を負うし、青あざくらいは出来てしまう。
マスクは必須装備と言われているが、実際に撃ち合うのは最後のツメくらいなので、大方の兵士は邪魔くさいマスクは外している。
顔に当たれば、大ケガどころでは、済まされない。
息を殺し、歩哨がこちらに背を向ける瞬間を待つ。
自分の呼吸が、やけに大きく聞こえる。
こちらへ数歩歩いていた歩哨が、何かの音を聞いたのか、その向きを変えて、背を見せる。
引き金に、確かな反動を感じると同時に、鮮やかなピンクの蛍光色が、その背に飛び散った。
「うわっ!」
慌てて振り返った兵士が、暗闇に引きずり倒される。
それと同時に、異変に気づいたもう一人が、無防備に土嚢から顔を出した瞬間、ヘルメットに覆われた側頭部に、雪村の銃口が突きつけられる。
「戦死だ。銃を置いて、腹ばいになれ」
夕が狙撃した隊員は、すでに意識を失って、地面に伸びていた。
突然の予想もしない展開に、土嚢の陰で仮眠を取っていたらしい隊員は、泣きそうな表情で腹ばいになる。
「ここから隊本部まで、どれくらいある?」
荒川は、可哀想な兵士に次々と質問を浴びせる。
「ご、五百メーターほどです」
「防衛線は?」
「こ、ここが、最終です」
恐慌状態に陥っている兵士は、素直にペラペラと喋る。
仲間がどうなったのかわからず、自分一人しかいないとなれば、意地を張る必要もないし、またそんな勇気もないだろう。
夕は、心から同情した。
「最終? あいつ、……バカか?」
宮内をバカ呼ばわりした荒川は、戦死したのだから、ここから動くことは許されないと、泣き出しそうなその兵士に言い置いて、そのまま登山道を登り始めた。
雪村以下、十名に満たない隊員が、音も無くその後に続く。
夕は、腹ばいになったまま身動き出来ずにいるその兵士を引き起こすと、その耳に囁いた。
「これは訓練なんだから、お前もお前の仲間も殺されるわけないだろ。道路に伸びてるヤツを介抱してやれ」
呆然としていた兵士は、ガクガクと頷いた。
振り返れば、すでに荒川一味の姿は無い。
駆け上っていく足音など、全く聞こえない。
夕は、自分が襲われる側にいなかったことを、心の底から神様に感謝した。
そして、これから未だかつてない恐怖を味わうであろう宮内に、心の底から、同情した。
こちらの歩哨は、一応小銃を発砲体制に整え、辺りを警戒しているようだ。
だが、作戦本部から増援が送られた様子はない。
あの無線の内容を本気で検討しなかったのだろうか。
「こんなポイントに一人で立たせるなんて、無謀ですね」
すでに散開して状況を観察していた雪村は、暗闇でにやりと笑った。
白い歯が見えないように、唇を歪めただけである。
「一人だろうと十人だろうと、実際のとこ問題ないですけどね」
野上の声だと気づき、夕は暗がりでその姿を探した。
「おまえ、命拾いしたな、城崎。あっち側にいないこと感謝しろよ」
暗がりの中、横に移動してきた野上が、軽く肩を叩く。
「城崎准尉。私が右手に回り込む。左、八時の方向から狙撃しろ」
荒川の命令に、夕は、もうどうにでもなれ、という気分で、言われた通り歩哨の位置を見ながら八時の方向へと身を屈めて移動する。
サバイバルゲーム用のペイント弾はもちろん玩具なのだが、当たると結構痛い。素肌に命中すれば擦傷を負うし、青あざくらいは出来てしまう。
マスクは必須装備と言われているが、実際に撃ち合うのは最後のツメくらいなので、大方の兵士は邪魔くさいマスクは外している。
顔に当たれば、大ケガどころでは、済まされない。
息を殺し、歩哨がこちらに背を向ける瞬間を待つ。
自分の呼吸が、やけに大きく聞こえる。
こちらへ数歩歩いていた歩哨が、何かの音を聞いたのか、その向きを変えて、背を見せる。
引き金に、確かな反動を感じると同時に、鮮やかなピンクの蛍光色が、その背に飛び散った。
「うわっ!」
慌てて振り返った兵士が、暗闇に引きずり倒される。
それと同時に、異変に気づいたもう一人が、無防備に土嚢から顔を出した瞬間、ヘルメットに覆われた側頭部に、雪村の銃口が突きつけられる。
「戦死だ。銃を置いて、腹ばいになれ」
夕が狙撃した隊員は、すでに意識を失って、地面に伸びていた。
突然の予想もしない展開に、土嚢の陰で仮眠を取っていたらしい隊員は、泣きそうな表情で腹ばいになる。
「ここから隊本部まで、どれくらいある?」
荒川は、可哀想な兵士に次々と質問を浴びせる。
「ご、五百メーターほどです」
「防衛線は?」
「こ、ここが、最終です」
恐慌状態に陥っている兵士は、素直にペラペラと喋る。
仲間がどうなったのかわからず、自分一人しかいないとなれば、意地を張る必要もないし、またそんな勇気もないだろう。
夕は、心から同情した。
「最終? あいつ、……バカか?」
宮内をバカ呼ばわりした荒川は、戦死したのだから、ここから動くことは許されないと、泣き出しそうなその兵士に言い置いて、そのまま登山道を登り始めた。
雪村以下、十名に満たない隊員が、音も無くその後に続く。
夕は、腹ばいになったまま身動き出来ずにいるその兵士を引き起こすと、その耳に囁いた。
「これは訓練なんだから、お前もお前の仲間も殺されるわけないだろ。道路に伸びてるヤツを介抱してやれ」
呆然としていた兵士は、ガクガクと頷いた。
振り返れば、すでに荒川一味の姿は無い。
駆け上っていく足音など、全く聞こえない。
夕は、自分が襲われる側にいなかったことを、心の底から神様に感謝した。
そして、これから未だかつてない恐怖を味わうであろう宮内に、心の底から、同情した。
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