戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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塗り替えられる日々 2

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 二日後の午後八時、夕は荒川を横に乗せ、ジープの中でじっと身を潜めていた。

 宮内中佐率いる第一連隊が演習場に入ったと同時に、荒川率いる教育隊は行動を開始した。
 宮内中佐率いる第一連隊は、ミサギ山を作戦本部とし、三ツ矢少佐、小川少佐と吉田少佐の率いる中隊が、本部を守りつつ、偵察行動を開始する。

 荒川は、中間地点でしばらく連隊の行動を無線で確認していたが、ミサギ山北面へ移動するよう、夕に命じた。
 同時に、雪村中佐の率いる教育隊は西方へと移動する。

 ミサギ山へと続く道は二つあり、そのうち北からアプローチする細い林道に入ると、歩哨に見つかりたくないといって、ペイント弾を装備した小銃と無線を持って、ジープを降りた。
 そこから、道のすぐ脇の茂みに入る。

 暗闇で、茂みの中移動するのは、結構神経を使う。
 だが、先を行く荒川の背中は、一度もためらったり、無駄な動きをしない。
 まるでそこに良くならされた道があるかのように、素早く、確実に、遮蔽物となる樹木を利用しながら、登山道のある方へ接近していく。
 やがて、人の話し声がして、月明かりにジープの影が浮かび上がった。
 振り返った荒川は、伏せろ、という指示をし、夕が背後で身をかがめると、いきなり小銃を構えた。
 何を、という声より先に、パパパンっと、三連の破裂音がして、百メートルほど先にいた三人の兵士が、「うわっ」「いてっ!」と声を発する。

 銃撃と同時に駆け寄った荒川は、三人に向かって、銃口で地面を示した。

「被弾した者は、その場に伏せろ」

 三人とも、突然現れた人物が誰かなどわからず、ルールに従って、銃を手放し、地面に転がった。

「おまえらの本隊は?」

 普通なら、しない質問である。
 これまでの演習では、誰がどこに展開しているかは、シナリオの中に組み込まれており、そんなことを尋ねる必要は、まったくなかった。
 きょとんとする三人に、荒川は銃口を向けた。

「死にたいのか? 喋る気がない捕虜を生かす理由は、ない。ジュネーブ条約をどの国も批准していると思ったら、大間違いだ。これが、最後のチャンスだ。おまえらの、本隊の位置は?」

 相手が本気であるとわかり、三人はごくっと唾を飲み込んだ。

「ミ……ミサギ山中腹」

「無線、確保」

 夕は、言われるままに、三人が乗っていたジープから無線機を取った。

「報告しな。全滅ですって」

 通信を担当していた兵士が、震える手で無線を使う。

「こ、こちら、田代」

『どうした?』

「ぜ、全滅しました」

『なんだって?もう一度繰り返せ』

 もう一度応答しようとした田代の手から、荒川は無線機を取り上げて、パンッと口で言った。

「ジ・エンド。チャンスは一度だけだ。よし、お前たち、ジープで大人しくしてな。キーは貰っていくよ」

 その意味するところは、置き去りである。

「え」

 ぽかんとする三人をよそに、車のキーを抜き去ると、荒川は再び森の中を歩き出す。
 夕は、とりあえず黙って後に従っていたが、自分たちが乗ってきたジープに戻ったところで、たまらず問いただした。

「一体、何をする気なんです?あいつら、置き去りじゃないですか」

「置き去り? 死んだやつを連れて歩く必要は、ない。あの三人は、歩哨に立っていたのに、周囲への注意を怠っていた。あの道は、本隊へと続く重要な道路だ。あそこを突破されたらどうなるか、全然わかっていない。これは、予行演習であって、予定調和のサバイバルゲームなんかじゃない」

「でも、こんな……」

 これまでの演習のようにはいかないと、夕も頭ではわかっているつもりだったが、荒川の強引とも思えるやり方に、大人しく従うほど柔軟にはなれなかった。

「雪村の隊と合流し、宮内本隊の背後から本部を叩く。無灯火で第二防衛ラインがあると見られるミサギ山西側登山道へ進行」

 夕が、ジープのエンジンをかけずに固まっているのを見ると、荒川は冷たい声で、それこそ北極点の冬を思わせる氷点下の声で、言った。

「城崎准尉。これは、命令だ」
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