戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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避けられない出会い 2

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 隊長代理の宿泊先は、一般兵士たちの住む独身寮というわけにはいかないので、見学者などが宿泊する来客用の棟の最上階にある角部屋に、真新しいシーツ一式を用意した。

 続いて向かった隊長執務室は、何もする必要がないくらい、キレイに掃除が行き届いていた。

 ここの主である湊は、毎朝自分で雑巾がけをしていた。

『身の回りを清潔にすることは、兵士の身だしなみだ。毎日、今日一日を大事に過ごそうと思える。そして、いつ死んでも恥ずかしくないように。ま、いわば儀式みたいなものだ』

 三ヶ月前、指定された時刻よりも少し早く面接に訪れた夕を迎えたのは、制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り上げて、手馴れた所作でキビキビと拭き掃除する湊だった。

 その姿を思い出しながら、一通り拭き掃除をする。机、棚、窓。拭きながら、湊がしていたように、棚の片隅にある写真たてを手にとって、しばし眺める。
 優しそうな笑顔の若い女性と、その腕に抱かれている三歳くらいの女の子。

『妻と娘だよ。もう随分前に離婚したんだがね』

 照れながらそう言った隊長の表情には、どこか淋しげなものが漂っていた。

 そういえば、入院したというけれど、誰が世話をしているんだろうか。
 毎日眺めていたこの写真がなくて、淋しいのではないだろうか。

 勤務が明けたら写真と一緒に見舞いに行ってみようかなどと考えていたとき、短い咳払いが背後でした。

 びくっと振り返ると、戸口に黒いスーツを着た女性が一人、立っていた。

 うっすらと日に焼けた顔の中で、ネコを思わせる、意思の強そうな目が印象的だった。
 豊か、というには程遠い胸元であるが、タイトな膝丈スカートから伸びた足は、ほどよく引き締まっている。
 こちらの観察するような視線を不快に感じたのか、少々ぶっきらぼうな声を発する。

「えーと……ここ、隊長室?」

「はい、そうですが……何か?」

 手には、小さなボストンバッグが一つという身軽ないでたちの女性は、肩にかかる髪を空いていた手で後ろへ払うと、ずかずかと部屋に入って、ソファーにボストンバッグを投げ出した。

「えーっと……お茶お茶」

 そういいながら、部屋の隅にあるキャビネットから、勝手にマグカップを取り出し、ポットの中のお湯を確かめ、コーヒーを入れ出す。
 それからようやく、呆然と突っ立っている俺を振り返る。

「君……?」

「あ、城崎准尉です」

「城崎准尉もコーヒー飲む?」

「は……いえ、結構です」

「そう。やっぱ、コーヒーメーカー欲しいところだなぁ…」

 ぶつぶつ言いながら、インスタントコーヒーをマグカップに作る。

 その、隊長が使っていた「くまのプーさん」のマグカップを片手に、業務机に向かう。

「湊少将は、きれい好きだねぇ」

 机の引き出しを開け閉めしながら、何かを探す。

「あー、あったあった」

 一番下のキャビネット式引き出しから、一つのファイルを取り出す。
 どうやらそれは、湊隊長からの申し送りの文書のようであった。

「第一期生は、三ヶ月初期訓練終了……八月、第二期生入隊…本格的な実地訓練はまだ……語学……演習……」

 独り言を連ねる人物に、夕はどうするべきか判断が付かず、アホのように突っ立っていた。雑巾を片手に握り締めて。
 そんなの夕に気づいたのか、はっとしたように顔を上げると、その女性は静かな敬礼をして見せた。

「申し遅れました。本日付で、湊隊長の代理に着任した荒川あらかわ 和生かずみ大佐です」

 夕は、雑巾を握り締めたまま、慌てて返礼した。

城崎しろさき ゆう 准尉、本日付で隊長代理付を命ぜられました。よろしくお願いします」

「はい、よろしく」

 荒川は、気のない声で答えると、ずずっとコーヒーをすする。

「うーん、お砂糖欲しいなぁ…。城崎准尉、どこかでお砂糖調達出来ますか?」

「はい」

「明日までには自分で買いますから」

「了解しました」

 逃げ出すように部屋を出て行こうとした背に、「あ」と呼び止める声。

「はい?」

「ついでに、何か食べるもの調達出来ないかな?新幹線が激混みで、何も食べられなかったのよ…おなか空いちゃって」

「わかりました。何か探してきます」

「うん、ありがとう。ちゃんとお金払いますから。ああっと……もし、和菓子とかあったら…いや、ないか、それは。いや、何でもいいです。とりあえず甘ければ」

「はい…失礼します」

「はーい。行ってらっしゃい」

 荒川は、緊張のかけらもない声と共に、ひらひらと手を振った。
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