戦うネコに大福は必要ですか?

唯純 楽

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避けられない出会い

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『日本国国籍を有する満十八歳以上二十二歳以下の健康な男女は、二年間の徴兵義務を負い、国連軍に所属するものとする。』

 徴兵制。

 太平洋戦争という悲劇の歴史から、永遠に封じられたと思われていた制度が復活したのは、日本が大規模テロに見舞われた翌年だった。

 この制度の復活を謳う法案が提出された当時、国会は紛糾し、会期は延長され、すわ解散総選挙かと大騒ぎになったのだが、未曾有の大規模テロ事件の衝撃が、人々の恐怖心を煽った。
 いつ自分たちがテロの犠牲になるともしれない。
 このまま、他国の好意をアテにして、経済のことだけ考えてぬくぬくとしているだけでは、身を守れない。
 しかし、軍備を増強して、アジアの国々を刺激したくはない。

 そういった国民感情と、様々な政治的思惑が絡み、非常に先駆的で前例のない法律が施行されることとなった。

 全面的に日本の資本と人員を注ぎ込んだ、国連軍の創設である。

 反戦派は、今でもこれに反対しており、日本各地でデモが行われ、抵抗活動も組織されつつある。

 だが、実際のところ、この徴兵制は昔と違ってかなり緩い。

 十八歳以上二十二歳以下であっても、短大・大学・専門学校などに在学中であれば、免除申請が可能。
 身体能力に少しでも難があれば、わずかな視力矯正であっても、免除申請が可能。
 良心的兵役の拒否も認められるし、宗教上の理由での拒否も可能。
 徴兵に応じなくとも、罰則はなし。

 いわゆる、ザル法である。

 そんな状態で、徴兵制に生真面目に応じる若者がいるはずもない、と、法案を成立させた政治家たちですら思っていた。

 だが、蓋を開けてみると……『国際連合協力法』の施行が発表されてからおよそ三ヶ月後の四月に行われた第一次召集に応じた若者の数は、一万人近かった。

 不況による就職難と国際協力への理解、ゲーム感覚での興味本位。
 理由は様々と思われたが、何とか軍としての体裁を整えるのは可能であった。

 この素人たちを教育し、サポートするために自衛隊から改編された教育部隊を暫定的な統合機関とし、歴史上初の試みはスタートした。

 陸・海・空と基地を分けて行う三ヵ月の初期訓練終了時、どれだけの人数が残るか問題だといわれたが、結局三分の一が脱落するに留まり、即座にそれを補うための二次募集が行われた。
 この新設国連軍では、気ままな若者が二年間きっちり役目を果たすということなど期待しておらず、募集は随時行うこととしていた。
 最終的な目標人数は七万人で、段階的に減らす自衛隊員の人数を国連軍で補う狙いがある上、公務員色の強い自衛隊組織と違い、実戦を常に想定しているため、人員の確保については、かなりの柔軟性を持つ。
 実際の徴兵期間は、二年と決められていたが、任期を終了後、希望する者には国連軍の正規軍人として組織に残る道も用意されており、しかも国際貢献や国連への就職に有利であることは、暗黙の了解となっていた。

 だが、キャリア目当てではない、大方の若者は、初めて体験する軍隊の規律と理不尽なまでの拘束に馴染めず、入隊早々、二年後の自由を夢見るようになる。
 自衛隊仕込みの厳しい訓練に明け暮れる毎日の中で、自分たちが銃を持ち、殺し殺されるかもしれない本当の戦場へ送られる日が来るなどとは、誰も真剣に考えていなかった。

 あと数日で二十一になる城崎 夕も、二年後の自由を夢見ていた。

 理由があって、仕方なく徴兵に応じたのだが、国際貢献に燃えているわけでもなければ、軍事マニアでもない。

 その証拠に、部隊のある基地が住んでいた街から一番近かった陸軍を選んだ。
 入隊時の年齢と学歴ゆえに、上級士官待遇となっているが、リーダーシップに目覚めたいとも思わない。
 三ヶ月の初期訓練を終え、しなやかに鍛えられた肉体以外は、気ままな暮らしを送る世間の大学生と変わりはない。

「あー、城崎准尉」

 同僚たちと談笑しながら、いつものように、朝礼後の持久走へ向かおうとした夕は、小隊長である野上中尉に呼び止められた。
 毎日が有事と思って行動するようにとの長い訓辞が行われた朝礼に、退屈しきっていた夕は、一刻も早く身体を動かしたかった。

「はい、何でしょうか、小隊長」

 直立不動で気を付け、の姿勢をする。
 相手は、自衛隊出身の教育係であり、今時の若者からすると異常に思えるほど、階級に対する敬意を重視する。
 夕のソツのない身のこなしに満足そうに頷き、野上は一言告げた。

「城崎夕准尉。本日付で、原隊を離れ、教育隊隊長代理付を命ずる」

「は?」

 あまりのことに、夕は自分の耳を疑った。

「本日ヒトヒトマルマル時、隊長代理が着任される。執務室を掃除し、宿泊棟に一室を用意するように」

 教育隊隊長といえば、実質的なこの基地のボスである。
 国連陸軍の指揮官は、国連本部にいる目に見えない誰かであるが、この基地で新米兵士を訓練している教育隊の隊長は、目に見えるボスである。

 その代理が来る。

 ああ、そういえば、若々しい見かけによらず、五十を越している湊教育隊隊長は、先日ぎっくり腰が悪化して入院したんだっけ……と夕は思い出す。

 しかし、代理赴任の理由は理解出来たが、何故自分が、という思いがあった。
 隊長付というのは、正しくは伝令と言われるが、いわばお小姓であって、靴磨きからアイロンがけ、お茶汲みといった身の回りのお世話をするという、普通なら入隊間もない、若い二等兵程度がやる勤務であり、まがりなりも准尉である自分が駆り出される理由がわからなかった。
 だが、野上の獅子舞の面のごときこわもての顔に睨まれて、質問などできるわけもなかった。

「代理の名前は、……あらかわ、かずお大佐。前任は…防衛省。市ヶ谷だ」

「い、市ヶ谷?」

 思わず、声が裏返った。

 隊長の湊も、もちろん自衛隊出身であったが、幹部のほとんどが防衛大出身者である現在、下士官からの叩き上げで登りつめた最後の逸材といわれる伝説の人物だ。
 下っ端の気持ちも理解してくれる、よく出来た上官だと自衛隊出身の兵士たちにも評判の、温厚で物分りのいい人だった。
 夕自身も、入隊時の面接で話したが、穏やかな人という印象である。

 だが、今度の隊長が市ヶ谷上がりということは、間違いなく防衛大学出身で、その上、この基地の誰よりもエリートであるということであり……。

「代理だからな。ほんの一、二ヶ月のことだ、気を楽にしろ。だが……ヘマするなよ」

 軽く肩を叩いていた手をミシミシっと、夕の鎖骨にめり込ませて、野上はそう囁いた。
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