泡沫には消えないもの。永遠には残らないもの。

唯純 楽

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潮流 3

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 シーフブレムゼからウィスバーデンの王都ヴェークロイツまでは、足の速い馬車でたった一日の距離だった。
 
 日が落ち切る前、王城近くに広がる貴族の邸宅が並ぶ一角にあるブラッドフォードの家に辿り着いたメルリーナは、海賊の隠れ家でも悪党の住処でもない、ごく普通に広い敷地に建つ豪華な造りの邸宅で、初老の親切な家令の心遣いにより、お姫様のような扱いを受けた。

 海産物と色鮮やかな物珍しい野菜や果物がふんだんに使われた料理はとても美味しく、メルリーナのために蜂蜜たっぷりの特別なデザートまで用意してくれた。

 入浴は侍女が手伝ってくれ、潮風で傷んだ髪も日に焼けた肌も丁寧に手入れしてもらい、しっとりすべすべになった。
 美しく磨かれた後に着せかけられた寝間着は、うっとりするほど滑らかな肌触りで、フリルとレースがふんだんにあしらわれていた。
 もしかしてブラッドフォードがジョージアナのために用意していたのかもしれないと思って恐縮すると、ベッドを整えてくれた侍女に「山のように在庫がありますので、お気になさらず」と言われた。

 爽やかな香りがするベッドは、ふかふかのふわふわで、翌朝、侍女がお茶を運んで来てくれるまで、ぐっすり熟睡してしまった。

 そうして、たっぷり眠って心身共に癒されたのも束の間。
 たっぷり二人分はありそうな朝食を平らげたところで、ジョージアナとゲイリーがやって来て、王城を訪れる準備に追われることとなった。 

 ブラッドフォードたちの帰還を祝う宴会が開かれるのだが、王城の宴会はそこで働いている者たちも交代で料理にありつけるよう、長い時間催されるのが通例となっていて、ブラッドフォード曰く「たとえ主役でも、さっさと顔を出して、さっさと引き揚げるのが一番だ」ということらしい。

「ドレスは既製品ですが、少し手直しすれば大丈夫だと思いますわ」

 ジョージアナは、メルリーナのために何着かドレスを用意してくれて、あれこれ試着した結果、ゴテゴテした飾りもなく、奇抜でもない、露出もさほどない、明るい若草色の上品な一着に決定した。
 
 ジョージアナのドレスも、スカートの膨らみも控えめで、襟や袖口のレースも大げさではないもので、色はブラッドフォードの衣装に合わせて黒だった。
 唯一目立つのは、銀色のサッシュと胸元に光る涙型の赤い宝石だけという質素極まりない格好だ。
 それでも十分だと思えるのは、その容姿が美しいからだろうとメルリーナは思う。
 もっとも、ジョージアナが黒いドレスを着ていると、ちょっと煽情的にも見えるから、目の毒のような気もするが。

 男性は女性ほど着飾る必要がないのはウィスバーデンでも同じらしかったが、何よりも驚いたのはブラッドフォードが髭を剃って若返ったことだ。
 髭を剃り、髪を綺麗に撫でつけてきっちり束ね、引き締まった体つきを強調する仕立てのよい衣装を纏い、きちんと身なりを整えたブラッドフォードは、貴族出の放蕩者くらいの見た目になっていた。

「何か言いたいことでもあるのか? メル」

 王城へ向かう馬車の中、つい向かい合って座るブラッドフォードをチラチラ見ていると、目を瞑っていたにも拘わらず、むっとした様子で尋ねられた。  

「い、いえ、な、なんでも……」

「メル。どうせ見るなら、ブラッドじゃなくて僕にしたらどうかな? 僕の方が鑑賞用としては優れていると思うけど」

「……」

 黒を基調としていながらも華やかな刺繍が身頃や袖に施されたコートを纏い、きちんと髪を整えたゲイリーは、正に王子様だった。

 あまりにも眩しすぎて直視出来ない。
 見慣れていても、柔らかな笑みを向けられるとドキドキする。

 熱くなる頬を隠すように俯くと、ゲイリーはくすくすと笑う。

「恥ずかしがるメルは、可愛いなぁ」

「お兄様。メルは純粋なんですから、回りくどい真似は逆効果ですわよ? 好きなら好きと、真っすぐはっきり告げないと」

 ジョージアナは、メルリーナ相手に駆け引きをするのは時間の無駄だと、なかなか鋭い指摘をする。

「切り札は最後まで取って置くべきだよ、アナ。今は、外堀を埋めている最中なんだ。勝負に焦りは禁物さ」

 ゲイリーは、恋とは成就するまでの過程も楽しむべきだと言いながら、さりげなくメルリーナの髪の先を指に絡めて弄んでいる。

 ジョージアナとゲイリーの遣り取りに、自分とゲイリーはそういう関係ではないのだと否定したくて仕方なかったが、下手に口を挟むと余計に面倒なことになりそうな予感しかしない。

「随分と、余裕ですこと。モタモタしているうちに、他の人に攫われたらどうするのです?」

 自分はブラッドフォードから目を離したりしないし、余裕のあるフリだってしない、というジョージアナに、ゲイリーは苦笑した。

「強引にこちらを向かせるのではなく、自分からそうしたいと思ってくれなくては、意味がないだろう? それに……束縛するのは好きじゃない。海の魚は、広い海で泳いでいる時が一番美しいものだからね」

「その広い海というのは、あくまでもお兄様の腕の中ということではなくって?」

 ジョージアナの言葉に、ゲイリーは微笑む。
 限りなく、黒い笑みだ。

「気付かれなければいいだけだ」  

 緑色の瞳は、いつもと変わらず優しいままなのに、何故か追い詰められているような心地になる。
 メルリーナが戸惑いながらも見つめ返すと、ゲイリーはメルリーナの頬を指の背で軽く撫でた。

「それに、どの海で泳ぎたいかを選ぶのは、いつだって美しい魚の方だからね」 

 何と答えるべきなのかわからずに沈黙したメルリーナに代わって、目を瞑ったままのブラッドが呟いた。

「ゲイリー、黙れ。メルが決めるまで、おまえに手出しする権利はねぇ」

「手は出さなくても、口は出したいね」

「口を出せば、手を出したくなる。覚悟がねぇなら、黙ってろ」

「……ないわけじゃない」

 ゲイリーの言葉に、ブラッドは片目を開け、メルリーナを見ると顔をしかめて呟いた。

「釣りがいのある魚とは、全然思えねぇな」


◇◆



 車窓から眺めるヴェークロイツは、アンテメール海の東南に位置していることから、東側から陸路で入っている品々や文化と西側から海路で入って来る品々や文化が入り混じり、独特の雰囲気を持つ街だった。

 西側で作られた精巧な宝飾品を売る店の隣で、東側で作られた美しく色鮮やかな色彩で彩られた陶器が売られている。
 露出の多い踊り子のような服装をした店番のとなりでは、何枚剥いでも本体にたどり着けないのではと思わせる重ね着をした店番がいる。
 道端で大道芸人が演奏している音楽も様々で、道行く人々が話す言葉も様々。

 ヴェークロイツの中心にある王城に集う人々も、実に色彩豊かで様々だった。

 パーティーが開かれている広間では、見たこともない形のドレスや礼服を纏った男女が、異国情緒たっぷりの音楽に合わせて踊っていて、一体ここはどこの国なのかわからなくなる。

「リヴィエールやカーディナルと違って、流行というのはあまりなくてね。その時々の気分で、いろんな国の民族衣装のようなものを取り入れている者も多いんだ」

 目を瞬くメルリーナに気付いたゲイリーが「節操がないともいうけどね」と、笑って付け足した。

「ウィスバーデンの人間は、あまりこだわりがないのよ」

 傍らで、ブラッドフォードの腕にしっかりと腕を絡めたジョージアナも冷ややかに同意した。

「何でも取り入れればいいというものでもないと思うのだけれど」

「しかし……こうして見ると、まるで姉妹みたいだね。髪型までお揃いだし」

 メルリーナとジョージアナは、それぞれの髪を編み込んだりせずにただ一つに束ね、ドレスの共布で作られた造花の髪飾りをしていた。
 広間に溢れる複雑怪奇な髪型の女性陣に比べると、実に素っ気ない。

「心なしか、顔も似ている気がするし」

 互いに顔を見合わせたメルリーナとジョージアナは、くすりと笑う。

「メルが本当のお姉様なら、嬉しいわ」
「私も、アナが妹なら嬉しいかも」

 シーフブレムゼからヴェークロイツまでの馬車の旅で、メルリーナとジョージアナはすっかり打ち解けていた。

 ゲイリーが、メルリーナがヴァンガード号に乗ることになった経緯を面白可笑しく語ってくれたおかげで、同情すらされた。
 ジョージアナは、ディオンについて「女性の扱いも知らない男など、お止めになった方がよいと思います」などと酷評した。

 十二歳とは思えぬほど大人びたジョージアナは、ブラッドフォードのことさえなければ、とても賢く礼儀正しい少女だった

 甘えたり我儘を言うのはブラッドフォードとゲイリー限定だ。

 ジョージアナが妹だったなら、イースデイルの邸での暮らしは、きっともっと違ったものになっていただろうと、メルリーナは思った。
 オルガとは、最初から一度として打ち解けられたことがなかった。
 
 父の愛情も、実母ソランジュの愛情も、多くの若者からの愛情も手にし、思うように生きているのだから、メルリーナのようなちっぽけな存在など無視すればいいだろうに、ただそこにいるだけでも目障りだったのだろう。
 メルリーナという存在そのものを消し去りたかったに違いないオルガは、ようやく満足しているかもしれない。
 子供の頃は、何故そうなのか、自分のどこが悪いのか尋ねようと思ったこともあったけれど、何も変わらない中で考えるだけ無駄だと思うようになってからは、一度も聞いたことがない。

「メル。今日は馬車の窓からしか見物出来なかったけれど、明日は市場へ行きましょう! 一日中いても飽きないわよ。ブラッド! ねぇ、ご一緒してくれますわよね?」

「……陛下がいいと言えば、だ」

「お父様には私からお願いするわ」

「僕からもお願いしておくよ。僕だって、捕まりたくないからね」

 自分自身、無駄で面倒な社交に引っ張り出されたくないと言うゲイリーが、ジョージアナを援護する。

「おっと……陛下に気付かれたみたいだ」

 ゲイリーの呟きに顔を上げれば、大広間の奥に設えられた椅子に座っているウィスバーデン国王ハワードが、こちらを見て手招きしていた。

 美しい女性を幾人も傍に置いているハワードは、退屈そうな顔をして手にした杯を傾けていたが、ブラッドフォードとジョージアナ、ゲイリーの姿を認めると、嬉しそうに笑った。

 武人であるハワードは、こういった催しや延々と議論ばかりする会議が好きではないらしい。
 機嫌が悪いと、顔を出して早々に引き揚げることもあるとゲイリーが囁いた。
 
「機嫌は悪くなさそうだ」

 ゲイリーの言葉に、メルリーナはほっとして頷いたが、いくら機嫌が良かろうとも、相手は一国の王だ。緊張せずにはいられない。

 人々の視線にさらされる緊張もあり、落ち着かない気持ちで、つい俯いた。

「大丈夫。今夜のメルはとても綺麗だよ」

 耳元で囁くゲイリ―の、ドレスの色と同じ柔らかな緑の瞳に紛れもない賞賛を見つけ、おずおずと顔を上げる。

「まぁ、僕は王位継承権もない、しがない六番目の王子だけど、王子であることに変わりはないからね。失礼なことを言ったり、意地悪いことをして来るような命知らずはいないはずだよ。君が、ブラッドの船に乗っているということも既に知れ渡っているし、何も心配いらない」

 嫌な思いをするような事態にはならないと請け合うゲイリーに、メルリーナはぎこちない笑みを返した。

「陛下。ご無沙汰しております」

 ブラッドフォードとジョージアナに続いてゲイリーが挨拶すれば、ハワードは淡い緑の瞳を一瞬見開き、鷹揚な笑みを見せた。

「久しいな、ゲルハルト。スタンリー伯爵と一緒だったのだな。一年ぶりか」

 ゲルハルトって誰だろう、とメルリーナは驚いたが、かろうじてゲイリーの横顔をちらりと盗み見るだけで耐えた。

「はい」

「相変わらず、狂犬のような真似をしているのか。 海の上にいるのもいいが、そろそろ身を固めることも考えておけ。……ところで、今回は船を土産に持って来たらしいな? エナレス産の酒を積んでいたとか」

「ええ。ほぼ乗組員で飲んでしまいましたが」

 ハワードは、自分への土産は本当に船だけかと苦笑する。

「そして、自分自身には、美しい土産を確保したわけか」

 ゲイリーに促され、一歩進み出たメルリーナは、膝を折って礼をした。

「メルリーナ・イースデイルと申します」

 何とか引きつった笑みを浮かべて顔を上げれば、淡い緑の瞳でじっと見つめられた。
 褐色の髪といい、少し下がり気味の目尻といい、年を取ってはいても甘い雰囲気を漂わせているハワードは、ゲイリーに良く似ていた。 

「イースデイル? マクシム・イースデイルの孫か?」

 唐突に祖父の名を口にしたハワードに驚きながらも頷く。

「は、はい」

「そうか! 亡くなったと聞いていたが……ブラッドの命の恩人でもあるし、惜しい男を亡くしたな。冥福を祈る」

 ハワードはマクシムのことを知っているらしく、嘆息して悔やみの言葉を述べた。

「ありがとうございます」

「ところで……メルリーナは、チェスをするのか?」

 ハワードの問いに、『チェス狂い』だというブラッドフォードの言葉を思い出す。

「え……あ、はい」

「ならば、相手をして欲しい。マクシム・イースデイル仕込みなのだろう?」

 身を乗り出すようにして強請るハワードは、まるで少年のようにその瞳を輝かせた。

「は、はい……」

「一度、勝負してみたいと常々思っていたのだ。本人とはもう戦えないが、弟子でも構わん。ひと勝負しよう」

 それは今すぐという意味だろうかとメルリーナが曖昧に頷けば、呆れたような溜息を吐いたブラッドフォードが確認した。

「陛下。今これから、という意味でしょうか」

「もちろんだ。おまえたちは主役だから抜けられないだろうが、私が抜けたところで何の問題もない」

 問題はあるのではないかと思うし、ひとりで国王と向き合うなんて無理だと思ったメルリーナを助けるように、ジョージアナが口を開いた。

「お父様。私もご一緒してよろしいでしょうか。ウィスバーデンにも王城にも不慣れなメルリーナ嬢をひとりで放り出すのは心苦しいので」

「ああ、ならばアデルも呼ぼう。だいぶ体調もいいようだから」

 ジョージアナの母アデルは、ここ数年体調を崩しており、こういった賑やかな場所には殆ど姿を見せない。
 普段は住み心地のあまり良くない王城ではなく、城下にある離宮で暮らしている。
 今日は、ジョージアナの婚約者であるブラッドフォードの帰還祝いということもあって、王城までやっては来たものの、大広間ではなく別室で後ほど会うつもりでいたとのことだった。

「お母様もきっと喜びます」

 メルリーナは、ジョージアナの気遣いを有り難く思った。

「よし。では、おまえたちの宝石は、しばらく私が預かるぞ」

 先ほどまでの退屈そうな様子はどこへやら、勢いよく立ち上がったハワードは、太く逞しい両腕をそれぞれジョージアナとメルリーナに差し出した。
  
 素早さや身軽さを求められる船乗りとは違い、地上で戦うために鍛え上げられた重厚な身体はとても大きく、威圧感たっぷりだったが、その表情が穏やかなせいか、怖くはなかった。

 差し出された左腕にすっと腕を絡めたジョージアナの目配せを受け、メルリーナは右腕に腕を絡めた。

「両手に花だ。どうだ、羨ましいだろう?」

 にやりと笑うハワードに、メルリーナは何となくラザールを思い出してくすりと笑う。

「はぁ……」

 ブラッドフォードは呆れた顔をし、ゲイリーは苦笑していた。

「では行こうか、姫君たちよ」

 
◇◆


 ハワードは、メルリーナたちを自身が使っている書斎へ連れて行った。
 ぎっしりと本が並んだ書棚が壁を締めてはいたが、あくまで個人的な趣味のものだけを置いているらしい。
 寛ぐことを優先した広い部屋の中央、立派な飴色をした木製のテーブルの上には、一般的なチェス盤より大きなものが置かれていた。

 チェスピースは美しいマーブル模様の石造りで、ところどころ、白地に黒の模様が入っている方には青や緑の宝石が、黒地に白の模様の方には赤と橙の宝石が先端や王冠など要所にちりばめられていた。

「……素晴らしいチェスセットですね」

 感嘆の吐息を漏らしたメルリーナに、ハワードは「東の国でしか採れない石で、特別に造ったのだ」と嬉しそうに笑う。

「早速まずは一戦」

 ジョージアナの母やお茶を待たずに向き合い、早速始めようとするハワードに、ジョージアナが苦笑する。

「お父様ったら……」

「まずは小手調べだ」

 メルリーナにも断る理由などない。
 すぐに向き合って座ると、譲られるままに先攻で始める。

 指し始めてすぐに、ハワードは手強い相手だと知れた。
 ディオンやブラッドフォードにはない、サクリファイスを厭わない、揺るぎのない決断はマクシムに通じるものがある。
 厳しく、冷徹な眼差しで戦場の兵士を動かすように、確実に、そして着実にメルリーナの戦力を削って来る。

 久しぶりにワクワクする対戦で、楽しくて、だからつい加減を忘れてしまった。
 気が付いたときには、あと一手でチェックだった。

「……」

 しかし、初対面の国王相手に、勝ってもいいものなのだろうか。
 為政者のチェスの相手を務めるものは、勝利する代わりに引き分けに持ち込むものだとも聞く。

 メルリーナの葛藤を見て取ったハワードは、くつくつと喉の奥で笑い出した。

「く……ははは、見事だ。リザインする」

 自ら負けを認めたハワードに、メルリーナは目を瞬いた。

「潔く負けを認めることで、敗北の傷痕を最小限に抑えることができる。すなわち……自尊心をへし折られる前に、降参してしまった方がいいということだ。もっとも、そのためには己の力量を知っておく必要はあるが」 
 
 負けを認められずに足掻けば足掻くほど、被害が拡大するものだというハワードに、メルリーナは頷いた。

「次の勝負をする前に、一服しようか。アデル」

 いつの間にか、ジョージアナの母が来ていたらしい。
 ハワードが呼びつけると、ほっそりとした身体に美しい銀糸の刺繍が施された黒いドレスを纏った女性がすっと歩み出て、伏し目がちに一礼した。

「アデルと申します」

「メルリーナです」

 しっとりとした声とたおやかな雰囲気に、亡き母を思いながら微笑んで立ち上がったメルリーナを見た途端、アデルは青銀の瞳を大きく見開いた。

「……あなた……あ、ああ……」

 一体どうしたのだと驚くメルリーナに、アデルは震えながら手を伸ばす。

「そんなはずはないわ……もう何年も前のことなのだから……っ……」

 明らかに動揺しているアデルは、メルリーナに歩み寄ろうとしてふらついた。

「アデル!」
「お母様!」

 咄嗟に手を伸ばしたハワードに抱き留められ、崩れ落ちるようにしてその膝の上に倒れ込んだアデルに、ジョージアナが駆け寄る。

「大丈夫ですか? お母様!」

「え、ええ……少し、驚いただけで……」

 真っ青な顔をしたアデルを見て、ジョージアナが侍女にきつめの酒を持って来るよう命ずる。
 ハワードは、しっかりとアデルの身体を抱きしめて、その背を摩ってやりながら、どうしたのだと優しく問いかけた。

 侍女が持ってきた酒を一口含み、咳き込みながらも少し顔色が回復したアデルは、潤んだ青銀の瞳でメルリーナを見上げると、震える声で告白した。

「その子は似ているのです。私の……亡くなった母に、とてもよく似ているのです」
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