キツネつきのお殿さま

きつねの嫁入り 3

「はい」

　静々と歩く楓を従えて、家臣一同が待ち構えている大広間へ向かう途中、秋弦はふと思い直した。

「一刻か……」

　一刻も待てるか、と自問し、無理だ、と自答する。
　それらしきことを述べて、後は……春之助とじいに任せればよいのでは……。

「楓」

「はい？」

「……早く楓を食べたい」

「えっ」

　ビクリと飛び上がった楓に、言い間違えたと気付き、慌てて言い直す。

「あ、いや、食べたくなるほど、美しいという意味だ」

「あ、ありがとうございます……秋弦さまも、そのう……凛々しくて素敵です……」

　はにかんだ笑みを浮かべて、ぽっと頬を染めて俯く楓に、秋弦はぴたりと足を止めた。

　――こんな楓を他の男に見せていいのか？　いや、よくない。

「楓。やはり大広間に行くのはなしに……」

「兄上！」
「殿！」
「おい！」

　ぴたりと後ろに付いていたらしい春之助と角右衛門、なぜか如月が咎めるような声を上げた。

「なんだ？」

　不満一杯で振り返ると、冷ややかな三対の目に睨まれる。

「邪なことを考えるのは、後にしてください」
「これから先は、毎晩共寝できるのですぞ。一晩くらい、我慢しなされ」
「初めてじゃないんだろう？　盛るのもいい加減にしろよ」

　楓が傍にいるのに何もしないことがどれほど辛いかわかっていない三人に、秋弦はむっとした。

　楓の尾を増やすために、伊奈利山に通えたのはたったの六度。
　日に日に、飢餓感は募る。
　いくら楓を貪っても、足りない。
　呑み込んで、腹の中へ納めてしまいたいと思うくらいだ。

　狐よりもずっと、狼のほうがつがいに対する執着は深い。

「秋弦さま……私も、早く秋弦さまと二人きりになりたいのですが、これからは秋弦さまの……つ、妻として……お城のみなさんとこれまで以上に仲良くしなくてはなりませんので、きちんとご挨拶したいです」

　今までは狐の姿だったので、人の姿で改めて挨拶し、秋弦の妻として認められたいのだと健気なことを言う楓に、秋弦の理性は崩壊寸前だ。

　秋弦としては、自分以外の男共と仲良くなどする必要はないと思うが、楓の望みを叶えるも夫の甲斐性だと湧き上がる嫉妬心を抑え込んだ。

「そうか。楓がそう言うのなら……」