キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
155 / 159

きつねの嫁入り 1

しおりを挟む
 よく晴れた初秋の黄昏時。

 照葉城の門の前を行ったり来たりする秋弦を呆れ顔の角右衛門がたしなめた。

「殿。少しは落ち着きなされ」

「……これでも十分落ち着いている」

「兄上。先ほどから、五十回はソワソワと行き来していますが?」

「……五十回くらい、普通だろう」

 嬉しさで舞い上がっているのか、それとも不安に動揺しているのか。

 秋弦は、朝からなんともひと言では言い表せない心地だった。

 特別なことはないと、何度も自分に言い聞かせたし、いつもより支度に時間が掛かったものの、黒羽二重の紋付、半裃姿といういささか略式の装いは、座って待てないと言い張った秋弦の希望が叶い、仰々しいものではない。

「待ちに待った花嫁をようやく迎えるのですから、落ち着きがなくなるのは普通でしょう。私なぞ、奥を迎えたときは浮かれてすぎて敷居にけつまずき、あやうく転げて間抜けな姿をさらしそうになったほどです」

 寺社奉行の言葉に勇気づけられて、秋弦は手にした扇子を握りしめ、ふうっと息を吐いた。

 無事記憶を取り戻してからこうして楓を城へ迎え入れるまでの日々を振り返り、長かった! と天を仰ぐ。

 楓がやって来てから、秋弦が十年前の記憶を取り戻すまでよりも、その後、楓を嫁に貰うまでのほうがはるかに長い時間がかかった。

 伊奈利山に葛葉を訪ね、結婚の許しを貰うところからして一筋縄ではいかなかった。

 葛葉は、秋弦が更姫の罠にまんまと引っかかったことをなかなか許してくれず、楓の失われた尻尾は秋弦のせいだ、元に戻さない限り祝言をあげることは許さない、と言われてしまった。

 一体、狐の尻尾などどうやって増やせばいいのだと頭を抱えたが、右近左近が『鍵は子種です』と耳打ちしてくれたおかげで、六度の伊奈利山詣で復活させることができた。

 今や手本を見なくとも、秋弦の頭の中には四十八手が刻み込まれている。

 ひと通り試したので、あとは楓が気に入ったものを極めれば、今後の夫婦生活も問題ないだろう。

 無事尻尾が復活し、楓を嫁に出すことを了承した葛葉も、孫狐を時折伊奈利山に連れて来れば、照葉の国を変わらず守ると約束してくれた。

 右近左近のくれたあの巻物に、楓以外の雌に懸想しないという誓文を書いた上で血判を押し、葛葉に預けたが、再びあの巻物が広げられることは絶対ないと秋弦も楓も信じている。

「ああ、見えてきましたね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

お願いですから離縁してください

うみか
恋愛
戦争孤児であるエルは、運よくダイヤモンド公爵家に引き取られたものの、義家族のエルへの態度は日に日に冷たくなっていった。想いを寄せる伯爵令息のウィルとも話すことを禁止され、彼女は強い孤独を抱えるようになる。このままの人生は嫌だとエルは離縁を申し出るが……

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

神様の外交官

rita
恋愛
褐色男子と友達以上恋人未満の恋愛をしながら、 アラビア風メインの異世界で大戦争回避を目指す、 白●社系ヒロインの恋と成長の物語です。 アラサー、アラフォー以上向けかな?という一昔前の作風です。 『異世界トリップ』という言葉にピンと来た方はぜひ。

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

処理中です...