キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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きつねの嫁入り 1

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 よく晴れた初秋の黄昏時。

 照葉城の門の前を行ったり来たりする秋弦を呆れ顔の角右衛門がたしなめた。

「殿。少しは落ち着きなされ」

「……これでも十分落ち着いている」

「兄上。先ほどから、五十回はソワソワと行き来していますが?」

「……五十回くらい、普通だろう」

 嬉しさで舞い上がっているのか、それとも不安に動揺しているのか。

 秋弦は、朝からなんともひと言では言い表せない心地だった。

 特別なことはないと、何度も自分に言い聞かせたし、いつもより支度に時間が掛かったものの、黒羽二重の紋付、半裃姿といういささか略式の装いは、座って待てないと言い張った秋弦の希望が叶い、仰々しいものではない。

「待ちに待った花嫁をようやく迎えるのですから、落ち着きがなくなるのは普通でしょう。私なぞ、奥を迎えたときは浮かれてすぎて敷居にけつまずき、あやうく転げて間抜けな姿をさらしそうになったほどです」

 寺社奉行の言葉に勇気づけられて、秋弦は手にした扇子を握りしめ、ふうっと息を吐いた。

 無事記憶を取り戻してからこうして楓を城へ迎え入れるまでの日々を振り返り、長かった! と天を仰ぐ。

 楓がやって来てから、秋弦が十年前の記憶を取り戻すまでよりも、その後、楓を嫁に貰うまでのほうがはるかに長い時間がかかった。

 伊奈利山に葛葉を訪ね、結婚の許しを貰うところからして一筋縄ではいかなかった。

 葛葉は、秋弦が更姫の罠にまんまと引っかかったことをなかなか許してくれず、楓の失われた尻尾は秋弦のせいだ、元に戻さない限り祝言をあげることは許さない、と言われてしまった。

 一体、狐の尻尾などどうやって増やせばいいのだと頭を抱えたが、右近左近が『鍵は子種です』と耳打ちしてくれたおかげで、六度の伊奈利山詣で復活させることができた。

 今や手本を見なくとも、秋弦の頭の中には四十八手が刻み込まれている。

 ひと通り試したので、あとは楓が気に入ったものを極めれば、今後の夫婦生活も問題ないだろう。

 無事尻尾が復活し、楓を嫁に出すことを了承した葛葉も、孫狐を時折伊奈利山に連れて来れば、照葉の国を変わらず守ると約束してくれた。

 右近左近のくれたあの巻物に、楓以外の雌に懸想しないという誓文を書いた上で血判を押し、葛葉に預けたが、再びあの巻物が広げられることは絶対ないと秋弦も楓も信じている。

「ああ、見えてきましたね」
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