152 / 159
忘れ去りし記憶 19
しおりを挟む
◇◆
何とか草餅を二度と見たくないと思う前に、記憶取り戻した秋弦はすぐに照葉の城を出て、伊奈利山へ向かった。
廃寺で狼の群れを相手に大立ち回りを演じた後のロクな護衛も付けぬ早駆けに、角右衛門も春之助も怒りはしたが、引き止めたりはしなかった。
偶然行き合ったせいで巻き込まれた寺社奉行まで引き連れて伊奈利山に向かった秋弦は麓の村に宿を求め、疲労困憊で正体もなく眠る三人をそのままに、ひとりで抜け出した。
おそらく、自分以外は葛葉が会ってくれないだろうし、ここから先は秋弦自身がどうにかしなくてはならない。
夜明けと共に鬱蒼とした森へ足を踏み入れた秋弦は、ほっとした。
秋ではないので落ち葉の色も土の香りも異なるが、間違いなく記憶にある場所だった。
右近左近が言うところの必殺技とか言う大層な効き目のあるらしい巻物も携え、準備は万端だ。
初めて二人が秋弦のもとを訪れたときに渡された巻物は、葛葉に大事な願いごとをする時には必須らしい。
ようやく楓とした十年前の約束を果たせると、喜び勇んで足早に歩を進めたとき、いきなり目の前に大柄な男が現れた。
条件反射で刀の鯉口を切って身構える。
「おまえ、照葉のお殿さまだろう? 何しに来た」
黒々とした髪を茶筅髷に結い上げた男は、太い眉と鋭く光る黒い瞳、通った鼻筋としっかりした顎を持つ凛々しく男らしい顔立ちをしていた。
黒無地の木綿の半着に裁付袴と粗末な身なりをしいているが、堂々とした態度は平民とは思えないし、ここが伊奈利山であることを思えば正体は一つしかない。
「……おまえも、神使か?」
「そうだ。如月だ。楓の許嫁だ!」
真っ当に名を名乗ったのはいいとして、その後に続いた言葉に秋弦は耳を疑った。
「許嫁?」
十年前も、つい最近も楓の口からそんなものの存在を聞いたことはない。
「だから、おまえに楓はやらんっ!」
葛葉に会う前に、片づけなければいけないことがあったのかと頭を抱えたくなったが、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。
「もしも、おまえが本当に許嫁だったとしても、楓が望んでいることを無理にやめさせることはできないだろう」
「おまえと一緒になっても、楓は幸せになどなれないっ! 狐のことは狐が一番よくわかっているんだっ!」
何とか草餅を二度と見たくないと思う前に、記憶取り戻した秋弦はすぐに照葉の城を出て、伊奈利山へ向かった。
廃寺で狼の群れを相手に大立ち回りを演じた後のロクな護衛も付けぬ早駆けに、角右衛門も春之助も怒りはしたが、引き止めたりはしなかった。
偶然行き合ったせいで巻き込まれた寺社奉行まで引き連れて伊奈利山に向かった秋弦は麓の村に宿を求め、疲労困憊で正体もなく眠る三人をそのままに、ひとりで抜け出した。
おそらく、自分以外は葛葉が会ってくれないだろうし、ここから先は秋弦自身がどうにかしなくてはならない。
夜明けと共に鬱蒼とした森へ足を踏み入れた秋弦は、ほっとした。
秋ではないので落ち葉の色も土の香りも異なるが、間違いなく記憶にある場所だった。
右近左近が言うところの必殺技とか言う大層な効き目のあるらしい巻物も携え、準備は万端だ。
初めて二人が秋弦のもとを訪れたときに渡された巻物は、葛葉に大事な願いごとをする時には必須らしい。
ようやく楓とした十年前の約束を果たせると、喜び勇んで足早に歩を進めたとき、いきなり目の前に大柄な男が現れた。
条件反射で刀の鯉口を切って身構える。
「おまえ、照葉のお殿さまだろう? 何しに来た」
黒々とした髪を茶筅髷に結い上げた男は、太い眉と鋭く光る黒い瞳、通った鼻筋としっかりした顎を持つ凛々しく男らしい顔立ちをしていた。
黒無地の木綿の半着に裁付袴と粗末な身なりをしいているが、堂々とした態度は平民とは思えないし、ここが伊奈利山であることを思えば正体は一つしかない。
「……おまえも、神使か?」
「そうだ。如月だ。楓の許嫁だ!」
真っ当に名を名乗ったのはいいとして、その後に続いた言葉に秋弦は耳を疑った。
「許嫁?」
十年前も、つい最近も楓の口からそんなものの存在を聞いたことはない。
「だから、おまえに楓はやらんっ!」
葛葉に会う前に、片づけなければいけないことがあったのかと頭を抱えたくなったが、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。
「もしも、おまえが本当に許嫁だったとしても、楓が望んでいることを無理にやめさせることはできないだろう」
「おまえと一緒になっても、楓は幸せになどなれないっ! 狐のことは狐が一番よくわかっているんだっ!」
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~
梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは
「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」
そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。
雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる