キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 18

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 楓の言葉に、秋弦は何故か心臓がドクドクと鼓動を早めるのに気づき、慎重に問い返した。 
「それって、ほかのひとのものにはならないってこと?」

『はい』

「……絶対に?」

『はい』

 楓の表情は真剣で、嘘を言っているようには見えなかった。

 狐の楓は、人間とは違うのだと頭ではわかっていても、たくさんの嘘や偽りを知っている秋弦の心は素直に受け止められなかった。

「でも、もしも……なったら……もしも、裏切ったら?」

 父が、唯一だと約束した母を裏切って側室を持ったように、約束は必ずしも守られないものだ。

 もしも、楓が自分以外のものになったらと思うと、秋弦の中でぐるぐると何かよからぬものがとぐろを巻く。

 楓を自分のものにすると約束してしまったら、楓が秋弦を裏切ったら、それはきっと解き放たれて、恐ろしい姿を見せるに違いない。

『そのときは、死んでしまいます。私と……ええと、あなたさまが、一緒に』

 目に見える生だけではなく、目に見えぬ死までも共にするといわれ、それならばと秋弦は納得した。

 醜く恐ろしい異形になり果てたとしても、ひとりで取り残されないのなら、大丈夫だ。

「楓。あなたさまじゃなくて、秋弦。しづる、だよ」

 父と母、そして未来があるならば、秋弦と共に生きてくれる人だけが口にできる名を告げる。

『しづる、さま?』

「みんなは惣一朗って呼ぶけれど、楓は特別だからね。楓だけに教えるんだ。大人になるまで秘密だよ」

『はい、しづるさま! 秋弦さま……私のつがいになって』

 狐に鼻を擦り合わせて、秋弦は約束した。

「……いいよ。楓と、つがいになる」



 楓との約束は、母に会うまでは確かに覚えていた。

 朱の鳥居を抜けた先で迎えを待っている間、葛葉に渡された草餅を食べていると、突然目の前に泣きじゃくる母が現れた。

 驚いている間に抱きしめられ、自分を差し出したくせに、無事でよかったと涙を流す母に、秋弦は何も覚えていないほうがいいのだと悟った。

 だから、言ったのだ。

 何も覚えていない。全部、忘れてしまったと……。
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