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忘れ去りし記憶 14
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次に秋弦が目覚めたとき、目に映ったのは右の耳と尻尾の右半分が白く、残りは黄金色というあの狐だった。
小首をかしげて覗き込む様子は、どこか怪我をしているようには見えない。
「おまえ……大丈夫だった?」
言葉が通じるとは思えなかったが、念のため話しかけてみると答えが返って来た。
『……私はおまえではありません。楓です』
ちょっとツンとした可愛らしい少女の声で言われ、秋弦は苦笑した。
思った通り、雌だった。
「私は……」
素直に名乗ろうとして、思い留まった。
自分が何者を知られても、大丈夫かどうかがわからない。
『怪我がたくさんあります。もう少し、寝ているほうがよいと母さまが言っていました』
楓と名乗った狐の言う通りだった。
今の秋弦は、寝がえりひとつ打てないほどにあちこちが痛い。
『痛いですか?』
痛いと言いたかったが、やっぱり弱音を吐くのは男らしく……武士らしくない。
秋弦は引きつった笑みを浮かべて首を振った。
「大丈夫だよ」
『でも……』
楓は何か言いたそうだったが、それきり口を噤むと枕元に置いてあった水差しらしきものが乗った台を引っ張って来た。
『悪いところが治る、清水です』
「そうなんだ……じゃあ、飲んだほうがいいね」
せっかくの厚意を無駄にするわけにもいかない。
秋弦は何とか起き上がろうとしたけれど、とても無理だった。
脂汗が額に滲み、じんじんとした痛みで涙が溢れそうになる。
『……あの、お手伝いします』
そんな秋弦を見かねたのか、楓が秋弦のわき腹の下から背中へ顔を突っ込んだ。
「うわっ! か、楓っ!?」
そんなことをされるとは思っていなかったので驚いたが、ぐいぐいと頭を入れた楓は、そのまま秋弦の身体を押し上げた。
少し起こしてもらえれば、どうにか腕をつくことができた。
楓の力を借りて、ようやく半身を引き上げた秋弦は、痛みを堪えて水差しから朱塗りの椀へと水を注ぎ、一口飲んだ。
冷たい水は熱で火照った身体に心地よく、楓の言う通りに悪いところが洗われていくようだ。
「おいしいね……」
何とか椀に一杯飲み干した秋弦は、そのまま倒れ込み、ぶるりと身震いした。
小首をかしげて覗き込む様子は、どこか怪我をしているようには見えない。
「おまえ……大丈夫だった?」
言葉が通じるとは思えなかったが、念のため話しかけてみると答えが返って来た。
『……私はおまえではありません。楓です』
ちょっとツンとした可愛らしい少女の声で言われ、秋弦は苦笑した。
思った通り、雌だった。
「私は……」
素直に名乗ろうとして、思い留まった。
自分が何者を知られても、大丈夫かどうかがわからない。
『怪我がたくさんあります。もう少し、寝ているほうがよいと母さまが言っていました』
楓と名乗った狐の言う通りだった。
今の秋弦は、寝がえりひとつ打てないほどにあちこちが痛い。
『痛いですか?』
痛いと言いたかったが、やっぱり弱音を吐くのは男らしく……武士らしくない。
秋弦は引きつった笑みを浮かべて首を振った。
「大丈夫だよ」
『でも……』
楓は何か言いたそうだったが、それきり口を噤むと枕元に置いてあった水差しらしきものが乗った台を引っ張って来た。
『悪いところが治る、清水です』
「そうなんだ……じゃあ、飲んだほうがいいね」
せっかくの厚意を無駄にするわけにもいかない。
秋弦は何とか起き上がろうとしたけれど、とても無理だった。
脂汗が額に滲み、じんじんとした痛みで涙が溢れそうになる。
『……あの、お手伝いします』
そんな秋弦を見かねたのか、楓が秋弦のわき腹の下から背中へ顔を突っ込んだ。
「うわっ! か、楓っ!?」
そんなことをされるとは思っていなかったので驚いたが、ぐいぐいと頭を入れた楓は、そのまま秋弦の身体を押し上げた。
少し起こしてもらえれば、どうにか腕をつくことができた。
楓の力を借りて、ようやく半身を引き上げた秋弦は、痛みを堪えて水差しから朱塗りの椀へと水を注ぎ、一口飲んだ。
冷たい水は熱で火照った身体に心地よく、楓の言う通りに悪いところが洗われていくようだ。
「おいしいね……」
何とか椀に一杯飲み干した秋弦は、そのまま倒れ込み、ぶるりと身震いした。
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