キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 13

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 ――口を開けて舌なめずりしたのは、エサを見つけたからではなければ、だが。

『仕方あるまい。拾ったものは、さいごまで世話をしなくてはならぬ』

 白狐は厳かにそう告げると、矢が刺さっている秋弦の背中をトン、と軽く踏んだ。

 ふっと違和感と痛みが消え、はっとして見下ろした身体は人間のものになっていた。

 驚いているといきなり大口を開けた白狐にくわえられ、いささか乱暴な仕草でひょいっとその背に放り上げられた。

 白狐は、秋弦を助けようとした狐も背に放り投げる。

 落ちないようにと、秋弦が狐を抱えるようにしてしがみつけば、どんどんと高くなっていく鼓の音と共に、大人がひとりようやく潜れるほどの大きさをもつ朱の鳥居がゆらりと現れた。

『落ちるでないぞ』

 白狐が地面を蹴り、その身体がしなやかに躍動する。

 必死にその首にしがみついていた秋弦は、矢のように後方へと過ぎていく無数の鳥居に驚いた。

 地面にも赤い楓が敷き詰められているため、四方が赤一色に染まっている。

 何千もの鳥居で導かれた道を突き進み、おそらく山の頂に近い所まで駆け上がった先には、朱と金で彩られた大きな楼門と、その奥には信じられないくらいに立派な拝殿があった。

 白狐は、我が物顔で拝殿に駆け上がって、本来であれば人が入ることは許されない神様のいる場所――本殿まで進んだところで、ぶるっと身震いして秋弦を振り落とした。

「うっ……」

 秋弦は、受け身を取ることも出来ず、思い切り落下して、ゴンといい音を立てて床で頭を打った。

 痛い、と思ったが、もはやどこが痛くてどこが痛くないのかわからないほど、満身創痍だ。こぶの一つくらい増えたところで、大差はない。

 腕の中に抱いた狐は、無事だからそれでいい。

『あのような不届きものが入り込むなど、少々昼寝が過ぎたようじゃ。豊受姫さまに叱られてしまう。それにしても……』

 白狐が何か言っているようだが、秋弦は話すどころか目を開けているのも難しかった。
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