キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 11

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「キツネ……?」

 照葉の国で神使として敬われている狐は、野山田畑に出没するのは日常茶飯事だけれども、城下町には姿を見せない。秋弦は、神社や錦絵などでしか、狐の姿を見たことがなかった。

 その狐は、右の耳と尻尾の右半分が白く、残りは黄金色というちょっと変わった色合いをしていた。

 ふわふわと揺れる尻尾の触り心地をつい確かめたくなって手を伸ばすと、キッと睨まれ、慌てて手を引っ込めた。

 なおも袖を引っ張る狐の金の瞳には、知性の輝きが感じられる。

「付いていけばいいんだね?」

 ようやくわかったのかと言わんばかりに、つんと顔を背けて、狐は軽快な足取りで歩きだす。

 しばらく先に行ったところで振り返り、秋弦が足を引き摺っていることに気付くとトコトコと戻って来た。

「大丈夫だよ。歩けるくらいだから」

 心配そうに見上げる狐に、秋弦は何とか笑みを向けた。

 本当は今すぐしゃがみこんでしまいたいくらい痛かったが、狐は秋弦を乗せて歩けるような大きさではない。

 それに、澄ました狐の様子から、何となく雌のような気がして、弱音を吐くのは格好悪いと思った。
 たとえ狐でも、女子の前で情けない姿をさらすのはいやだ。

 狐は秋弦の歩調に合わせるように右に左にとまつわりつくようにして歩きながら、落ち葉の降り積もった森の中をどんどん奥へと進む。

 やがて、奇妙にぽっかりと開けた場所へ辿り着くと、何かを待ちわびているように、空を見上げながらくるくると円を描いて歩き回った。

 秋弦は、今にも倒れてしまいたいくらいに疲れ果てていたが、ガサガサとしげみをかき分けて近づいてくる気配と「ひゅん」と矢羽が風を切る音を耳にして、足が痛いのも忘れ、とっさに狐に飛びかかった。

「危ないっ!」

 狐は驚いて、秋弦の腕をがぶりと噛んだが、うまい具合に腕の中に納まった。

 背中に焼けるような痛みを感じたけれど、すでに意識がもうろうとしていた秋弦は、微かに呻くことしかできなかった。

「手こずらせやがってっ!」

「ついでに、狐の毛皮も手に入れようぜ」

 近づいてくる男たちに、美しい狐の毛皮を獲らせてなるものかと、秋弦は抱え込んでいた狐を解放して囁いた。

「……逃げて」
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