144 / 159
忘れ去りし記憶 11
しおりを挟む
「キツネ……?」
照葉の国で神使として敬われている狐は、野山田畑に出没するのは日常茶飯事だけれども、城下町には姿を見せない。秋弦は、神社や錦絵などでしか、狐の姿を見たことがなかった。
その狐は、右の耳と尻尾の右半分が白く、残りは黄金色というちょっと変わった色合いをしていた。
ふわふわと揺れる尻尾の触り心地をつい確かめたくなって手を伸ばすと、キッと睨まれ、慌てて手を引っ込めた。
なおも袖を引っ張る狐の金の瞳には、知性の輝きが感じられる。
「付いていけばいいんだね?」
ようやくわかったのかと言わんばかりに、つんと顔を背けて、狐は軽快な足取りで歩きだす。
しばらく先に行ったところで振り返り、秋弦が足を引き摺っていることに気付くとトコトコと戻って来た。
「大丈夫だよ。歩けるくらいだから」
心配そうに見上げる狐に、秋弦は何とか笑みを向けた。
本当は今すぐしゃがみこんでしまいたいくらい痛かったが、狐は秋弦を乗せて歩けるような大きさではない。
それに、澄ました狐の様子から、何となく雌のような気がして、弱音を吐くのは格好悪いと思った。
たとえ狐でも、女子の前で情けない姿をさらすのはいやだ。
狐は秋弦の歩調に合わせるように右に左にとまつわりつくようにして歩きながら、落ち葉の降り積もった森の中をどんどん奥へと進む。
やがて、奇妙にぽっかりと開けた場所へ辿り着くと、何かを待ちわびているように、空を見上げながらくるくると円を描いて歩き回った。
秋弦は、今にも倒れてしまいたいくらいに疲れ果てていたが、ガサガサとしげみをかき分けて近づいてくる気配と「ひゅん」と矢羽が風を切る音を耳にして、足が痛いのも忘れ、とっさに狐に飛びかかった。
「危ないっ!」
狐は驚いて、秋弦の腕をがぶりと噛んだが、うまい具合に腕の中に納まった。
背中に焼けるような痛みを感じたけれど、すでに意識がもうろうとしていた秋弦は、微かに呻くことしかできなかった。
「手こずらせやがってっ!」
「ついでに、狐の毛皮も手に入れようぜ」
近づいてくる男たちに、美しい狐の毛皮を獲らせてなるものかと、秋弦は抱え込んでいた狐を解放して囁いた。
「……逃げて」
照葉の国で神使として敬われている狐は、野山田畑に出没するのは日常茶飯事だけれども、城下町には姿を見せない。秋弦は、神社や錦絵などでしか、狐の姿を見たことがなかった。
その狐は、右の耳と尻尾の右半分が白く、残りは黄金色というちょっと変わった色合いをしていた。
ふわふわと揺れる尻尾の触り心地をつい確かめたくなって手を伸ばすと、キッと睨まれ、慌てて手を引っ込めた。
なおも袖を引っ張る狐の金の瞳には、知性の輝きが感じられる。
「付いていけばいいんだね?」
ようやくわかったのかと言わんばかりに、つんと顔を背けて、狐は軽快な足取りで歩きだす。
しばらく先に行ったところで振り返り、秋弦が足を引き摺っていることに気付くとトコトコと戻って来た。
「大丈夫だよ。歩けるくらいだから」
心配そうに見上げる狐に、秋弦は何とか笑みを向けた。
本当は今すぐしゃがみこんでしまいたいくらい痛かったが、狐は秋弦を乗せて歩けるような大きさではない。
それに、澄ました狐の様子から、何となく雌のような気がして、弱音を吐くのは格好悪いと思った。
たとえ狐でも、女子の前で情けない姿をさらすのはいやだ。
狐は秋弦の歩調に合わせるように右に左にとまつわりつくようにして歩きながら、落ち葉の降り積もった森の中をどんどん奥へと進む。
やがて、奇妙にぽっかりと開けた場所へ辿り着くと、何かを待ちわびているように、空を見上げながらくるくると円を描いて歩き回った。
秋弦は、今にも倒れてしまいたいくらいに疲れ果てていたが、ガサガサとしげみをかき分けて近づいてくる気配と「ひゅん」と矢羽が風を切る音を耳にして、足が痛いのも忘れ、とっさに狐に飛びかかった。
「危ないっ!」
狐は驚いて、秋弦の腕をがぶりと噛んだが、うまい具合に腕の中に納まった。
背中に焼けるような痛みを感じたけれど、すでに意識がもうろうとしていた秋弦は、微かに呻くことしかできなかった。
「手こずらせやがってっ!」
「ついでに、狐の毛皮も手に入れようぜ」
近づいてくる男たちに、美しい狐の毛皮を獲らせてなるものかと、秋弦は抱え込んでいた狐を解放して囁いた。
「……逃げて」
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
幼馴染との真実の愛は、そんなにいいものでしたか?
新野乃花(大舟)
恋愛
アリシアとの婚約関係を築いていたロッド侯爵は、自信の幼馴染であるレミラとの距離を急速に近づけていき、そしてついに関係を持つに至った。そして侯爵はそれを真実の愛だと言い張り、アリシアの事を追放してしまう…。それで幸せになると確信していた侯爵だったものの、その後に待っていたのは全く正反対の現実だった…。
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる