キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
142 / 159

忘れ去りし記憶 9

しおりを挟む
 今まで、馬を替える時や男が所要を足すときには目隠しをされ、馬に乗っている間は頭巾を目深に被せられて前を向くように言われていたため、その正体を確かめることができなかったが、 男は黒い羽織に薄萌黄色の袴、腰には大小の刀を差している。

 目深に被っていた笠を失い、露になった顔は照葉の国のものではなかった。

 錆色の髪は束ねられぬほどに短く、高い鼻と頬骨を持つ顔立ちは彫が深い。
 血の気を失った顔は透き通るような青白さで、カッと見開かれたままの青い目は瞬きひとつしない。

 手足が奇妙な方向へ折り曲がり、つうっと開いた口から流れ落ちた赤いものを見た途端、秋弦の足はガクガク震え出した。

 不届きものには相応しい最期かもしれないが、こんなところで解放されても手放しには喜べなかった。

 生まれてからずっと、城の中で、限られた人間だけに囲まれて育った秋弦には、自分にどれくらいの能力があるのかもわからない。

 日々鍛錬は怠っていないが、早馬で半日かかる距離ともなれば、大人だって容易には歩き通せないだろう。

 でも、じっとしていたところで事態は好転しない。

 ここまで替えの馬が用意されていたということは、この男に仲間がいるということだろうから、空馬が通り過ぎれば仲間が探しに来るかもしれない。

 もう一度捕まるのを待つよりは、探しているはずの者たちに会えるよう行動すべきだ。

 秋弦は、やって来た方向へと戻ることにし、まずは手足の自由を取り戻そうと横たわる男にそろそろと近づいた。

 起き上がることはもうないだろうと思っていても、恐ろしい。

 ビクビクしながら、男の腰にある脇差を鞘ごと引き抜いた。
 足で支えるようにして手の縄を切り、足の戒めを解く。

 荷物はあったのかもしれないが、馬は積んだまま走り去ってしまったし、脇差以上に役に立ちそうなものはなかった。

 長居は無用。

 秋弦は、裸足で楓の葉が敷き詰められた道を足早に歩き出した。

 ふかふかに見える落ち葉だが、その下には固い石や枯れ枝を隠している。

 足の裏はすぐに傷だらけになり、しくしくと痛みはじめたが、立ち止まっていてはどこへも辿り着けない。

 歯を食いしばり、流れる涙は汗だと自分に言い聞かせて黙々と歩き続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...