キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 7

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◇◆


 険しい山に囲まれた照葉の国は、秋になると絵のように美しい光景が広がる。

 常緑樹と落葉樹がほどよく入り混じった山々に赤や黄の華やかな色が付き、まるで錦絵のようになる。

 馬の背に乗せられていた秋弦は、揺れる視界に映る山道脇の木々を見上げながら「春の桜一色よりも、鮮やかなまだら模様の方が好きだな」と思った。

 不安な気持ちが少しだけ慰められたが、麻縄あさなわで手足を縛り上げられ、腰に回された縄を背後の男に掴まれたままでなければ、もっと楽しい気分で眺められただろう。

 視線を下げれば、道端に栗や胡桃らしきものが落ちていて、うっかり空腹であることを思い出してしまう。

 本当であれば今頃は、照葉の国の真ん中にあるお城で、身支度を整え、母と一緒に朝餉をいただき、じいに叱られながら苦手な書の練習をしているはずだった。

 その後は、算術とか退屈なことをいくつかこなし、昼餉の後には剣術や馬術、弓術の稽古。夕餉の後は風呂。寝る前に少しだけ、じいと将棋を指したりするのが秋弦の日常だ。

 五つ下の弟は、時々お忍びで城下へ出かけているようだが、秋弦には許されていない。
 お忍びといえども出かけるとなると何十人ものお供が必要なので、とてもお忍びとは言えない仰々しさになるのだ。

 世継ぎという立場は、とても窮屈だ。

 しかも、滅多なことでは失敗できない。

 ちょっとでも失敗したり、愚鈍であると思われるような真似をしたりすれば、たちまちこの国を追い出されるのだと母は口癖のように言っていた。

 秋弦と秋弦の母のお光は、照葉の国では「異形」だからだ。

 だから、秋弦は一層、この国の人間らしく振舞わなくてはならなかった。

 ついひと月前に元服していみなをもらい、今まで以上に理想のお世継ぎでなくてはならなかったから、今朝方川で泳ぐ夢を見たのには冷や汗が流れた。

 ばあやに気をつけるよう言われていたのに、寝る前にお茶を飲み過ぎたのがいけなかった。間一髪で起き出して、慌ててかわやで小用を足し、じいに『十になっても寝小便たれか』と言われずに済んだことにほっとして、寝所へ戻ろうとしたところでいきなり攫われた。

 城の中には、得体の知れない人間はおいそれと忍び込めない。

 たとえどうにか忍び込めたとしても、影と呼ばれる特別な任務に就いている者たちが不審なものがいないかどうかを常に見張っているから、目的を果たす前に捕らえられる。

 今回、秋弦を城内で攫ったのは、その一角を自由に行き来できる誰かだろうと思われた。

 背後から抱えられたとき、何となく覚えのある匂いや感触にある人の姿が思い浮かんだが、じっくり考える間もなく駕籠かごに押し込められて、城の外へと運ばれた。
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