キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 1

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「見事に振られたな」

「しかし、なかなか健闘されたほうでしょう。下手をすれば天狐に踏みつぶされていたかもしれません」

「花嫁に逃げられるなど、情けない……」

「きちんと説明してください、兄上。楓殿が狐ではなく人の姿を取ることをなぜ黙っていたのです? まぁ、怪しいとは思っていましたが……」

 かろうじて残された庫裏で、朱理が入れた茶を飲みながら後始末という名の糾弾を受ける秋弦は、できることなら金狼にでもなって伊奈利山に押し入りたいという衝動を堪えるだけでも一苦労だった。

 己の不始末をしおらしく説明する気になど、到底なれない。

「楓が人に化けるとわかったら、さらに大騒ぎになると思っただけだ。十年前のかどわかしの件も、真相がはっきりしていなかったこともあり……もう少し様子を見てから話そうと思っていた」

「わかっていますよ。邪魔されずにイチャつきたかったのでしょう? あの草餅屋の楓は、兄上の好みだと思いました」

「……イチャ……そういう、わけでは……」

「さっそく、嫁を迎える準備に取り掛かろうと思っていたというのに、まんまと逃げられ、断られるとは……最初で最後の機会かもしれぬと言うのに……」

「不吉なことを言うな、じい! まだ、駄目だと決まったわけではない……その……出直せばいいのだろう」

 葛葉の捨て台詞は、まだ望みがあるということだと秋弦が無理やり前向きに解釈したのを更姫がバッサリと切り捨てる。

「普通は、望みがないという意味だと思うが」

「……そもそも……そもそも、そっちが余計な小細工をしたせいだろうっ! つがいなんて嘘八百を信じ込ませて、その気もないのに襲うなど……っ!」

 秋弦の言葉に、更姫はにやりと笑い、朱理は関係ないと言うようにそっぽを向いた。

「なかなか、真に迫っていただろう? ああやって我慢させるというのが、我が国の今はやりの閨での楽しみ方のひとつなのだ。体の自由を奪うのもお遊び程度のものだから、必死になれば解ける。いや、それにしても……あんなにころっと術にかかるのは、よほど純真なのだろうな? その年で、そんなに初心なのはある意味危険ではないか? どんな女にも騙されそうだ」

「余計なお世話だっ! そのような状況に陥らぬように用心すればいいだけだっ!」

「用心しても、今回のようになることもあるではないか?」
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