キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 25

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「嘘ではない。死ねば真神はその器に降りる。だが、その気になれば、自ら真神を降ろすこともできる。神に呑み込まれないだけの意志があればの話だが」

 ひとり屠った金狼は、壁を駆け上って本堂の屋根に上がると、楓を貫いた矢を放った男の脇腹に食らいつき、狼へと変化した身体をそのまま噛み千切って放り投げた。

 地面に落ち、無残に砕けた仲間の死体を目にした狼たちは、それまでの凶暴さを失い、耳を伏せて尾を垂れ、じりじりと後退りし始める。

 音もなく屋根から降り立った金狼のひと睨みで、尻尾を丸めて逃げ出そうとした狼が、瞬く間にその牙の餌食となり、ひと噛みで煙となって消える。

 ひと声、吠えただけで照葉の者たちと対峙していた狼たちが消えた。
 ふた声、吠えただけで山門から逃げ出そうとしていた狼たちが消えた。

 長々と響き渡る遠吠えに、残った銀色の狼たちはひと声応じた後、破れた塀を越えて去っていく。

 境内には、人間と狐だけが残された。

 金狼は、まだ苛立ちが治まらぬと言うように低い唸り声をあげたものの、蹲る楓のもとへ戻り、鼻先でその身を貫く矢に触れると粉々にしてしまった。

 矢が消えると同時に痛みも一緒に消えてしまい、楓が驚いていると、金狼は赤く染まった白い毛並みを優しく舐めた。

『だ、だめですっ!』

 毒があるのだと慌てて起き上がろうとする楓を太い前足で問答無用とばかりに押さえつけ、丁寧に毛づくろいでもするように、傷を舐めていく。

 腹だけでなく肩の傷も舐め、すっかり血の色がなくなったところで、ようやく楓の顔を覗き込み、鼻先を擦り合わせた後、いきなりガブリと鼻梁を噛んだ。

『し、ししししづるさまっ!?』

 甘噛みではあるが、食べられるのではと恐怖に震える楓の様子に気付いて、すぐに解放してくれた。

「食べようとしたんじゃない。狼の愛情表現だ」

 更姫の言葉に、そうだったのかと楓が目を丸くすると、金狼は楓に立ち上がるよう鼻先でわき腹をつついて促した。

 楓がよろよろと立ち上がると、他に傷がないか確かめるようにくるりと一周する。

「ところで……人に戻れるのか?」

「さぁ、どうでしょうね?」

 更姫の問いに、朱理は肩を竦めた。

 楓は、金色に輝く狼を見上げて首を傾げた。

『人に、戻れないのですか? 秋弦さま』
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