キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 15

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「おい、あれ……」

 石を重ねて作った即席の竈に鍋をかけたり、野菜を千切ったりと、夕餉の準備をしていたらしい一人が楓の姿に気付いて、傍にいた男を肘でつつく。

「ん? なんだ、ずいぶんと小汚い狐だなぁ」
「馬鹿っ! あれ、殿のお狐さまだろう?」
「楓殿?」
「なになに? 殿のキツネさまだって?」

 尻尾を巻いて逃げ出す間もなく、物々しい男たちに取り囲まれ、楓はすっかり縮み上がった。

 城内で見かけていた人々とは違い、誰もが逞しい腕と足、厚い胸板をしていて、刀はもちろん長槍やら弓やら、中には火縄銃さえ持っている者がいる。

「殿のお狐さまだと?」

 どうやって逃げようかと考えていたところへ、ふいによく知った声が響き渡り、楓は男たちを蹴散らして駆け寄った。

『角右衛門さまっ!』

「おお、楓殿ではないか。ずいぶんとみすぼらしい格好に……で、殿はどこだ?」

『秋弦さまは山の上に……』

「じじいは留守番せよ、みなには日をあけて来るように言われておったが、どうにも嫌な予感がして、殿が城を出るとすぐに後を追ったのだ」

 さすが角右衛門だ。秋弦に関することでは野生の勘が働くのかもしれない。
 楓は、これまでの事情を説明しようと思ったが、狐のままではどうしようもない。

「その様子からして、何やらひと悶着あったようだが……楓殿が人の言葉を話せたら便利だろうにのう……」

 角右衛門も何かあったのだろうと察してはくれたが、細かい事情までは読み取れるはずもない。

「角右衛門様、それじゃ本当におとぎ話でしょうよ」
「しかし、殿とは意思の疎通ができるのだろう?」
「殿は、キツネのお殿さまだからなぁ」
「昔から、殿は動物に好かれていたな」
「ああ、よく野良猫に餌をやっていたぞ」
「城の庭にいる鴨も、矢傷を負って迷い込んで来たのを殿が手当してやったんだろう?」
「山にいれば、山の動物たちが助けてくれるかもしれないなぁ」

 角右衛門たちは、このまま約束の日まで待機するつもりらしいが、秋弦が凶暴な狼たちに囲まれたままというのはいささか心配だった。

 つがいの更姫がいるのだから、心配する必要はないとわかっていたけれど、春之助もいるし、狼はいつ牙を剥くかわからないしと、楓はあれこれ言い訳を見つけて、もうどうせ城には戻らないのだからと、くるんと前へ一回転して人の姿になった。
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