キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
117 / 159

ほんもののつがい、にせもののつがい 12

しおりを挟む
「……何も知らぬくせに、いっぱしの口をきく」

 銀嶺の国に、更姫に、真神に従う必要などない。
 秋弦は、照葉の人間だ。

「楓と共にいるならば、私は強くあれる。だが、あなたと共にいれば、楽な方へ逃げることを覚え、堕落してしまうだろう。私は弱い人間だからな」

 更姫と話している間に、秋弦は自分の中でもはっきりとしていなかった楓との未来が少しずつ形になるのを感じた。

 新たに作り出したというよりも、そこにずっとあっていろんな覆いで隠されていたものをようやく取り出せたというように。

「なるほど……最善の手を断ると。ならば、次の手を考えなくてはならないだろうな? 朱理」

 更姫は目を眇めて秋弦を見据え、朱理に問う。

「ええ。少々強引ですが、根絶やしにするしかないでしょう」

「根絶やし……?」

「この山にいるヤツラは、一匹残らず始末する。その上で、あなたは実は真神の器ではなかったと朱理が国元の神殿に報告する」

「つまり、朱理殿は裏切り者ということか」

 神殿ではなく、更姫に従うというのならば、朱理の主は真神ですらない。

 秋弦の言葉に更姫はそうだとも違うとも言わず、ただうっすらと笑った。

「口封じをするならば、完璧でなくては意味がないし、完璧であったかどうかを確かめる存在が必要だ」 

 冷ややかな声で告げる更姫に、秋弦も同感ではあったがこの人数ではあの狼の群れを葬り去るのは無理だろうと顔をしかめた。

 すると、更姫が再び何か企んでいるに違いない、黒い笑みを浮かべる。

「そちらの援軍が到着するのを待つ。その間、私とあなたは巣に籠ってせっせと子作りをしていることにするのだ。私からヤツラに、あなたを取り込むことに成功したと伝える。頃合いを見計らって、あなたを殺害することを約束すればその気になるだろう。もちろん白狐には内緒だ」

「いや、しかし……」

 楓が納得するはずがないと秋弦が難色を示すと、春之助が大丈夫だと請け合った。

「楓殿には言い聞かせます」

「いや、待て、しかしだな……」

「そうこうしている間に、楓殿は兄上に愛想を尽かすかもしれませんが、あんな現場を見られたのですから、仕方ないでしょう」

 あっさり諦めろと言う春之助に、秋弦は思わず掴みかかりそうになった。

「仕方なくないっ!」

「ああいった場合、三行半を突き付けられても文句は言えないのですよ? 兄上」

 三行半どころか呪われたとはとても言えず、秋弦は唇を引き結んだ。

「敵を欺くには、まず味方からと言います。楓殿は兄上以上に、嘘や謀が苦手でしょうから」

 確かに、楓は思っていることが顔や耳や尻尾に出てしまう。

 しかし、楓に嫌われると思うと、秋弦は体の芯から凍り付きそうな心地になった。

「あと三日。楽しい化かし合いの始まりだ!」

 心の底から楽しそうな更姫に、秋弦は少しも楽しくないと声を大にして言いたかったが、何を言っても無駄だろうと項垂れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

処理中です...