キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 11

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「それとこれとは、話が違うだろうっ!」

「あの白狐がいるからか? あれは、自分がつがいだと言っていたが、そうは見えない。つがいとは、もっと強く惹かれ合うものだ。私と……あなたのようにな」

 妖艶な笑みを浮かべ、胸に触れるようとした更姫の指を秋弦は掴んで引き離した。

 更姫に惹かれているのは、事実だ。

 しかし、だからと言って秋弦は更姫を選ぶ気にはなれなかった。

「つがいだから、楓を傍に置いているのではない」

「はっ! これは……」

「楓が好きだから置いているのだ。つがいであろうとなかろうと、どうでもいい」

 笑い出そうとした更姫に、楓のハゲと肉球に阻まれて言えなかったことを告げた。

 更姫の顔から笑みが消え、その代わり獰猛な表情が浮かぶ。

「ほう? 『つがい』である私をないがしろにしてでも、あの貧弱な白狐を選ぶと? 間違いなく、私に惹かれているだろうに? 愚かな……」

「確かに、更姫と共にいると抗いがたい魅力に支配されることは認める。だが、私は狼でありたいとは思わぬ。たとえ本性がそうであったとしても、照葉の国の人間でありたいのだ」

 更姫と共にあれば、本能に抗うことなく生きられるかもしれない。

 同じ容姿の更姫となら、己の異形を突き付けられることなく、自由にのびのびと生きられるだろう。

 だが、そうあることを秋弦自身は望んでいなかった。

「楓はいつでも、私を照葉の国のキツネのお殿さまにしてくれるが、私を狐にしようとはしない。楓と共に平和に暮らしていられれば、私の狼の本性が現れることもきっとない」

 狼の本性を消すことはできないかもしれないが、楓や照葉の国の者を傷つけるくらいなら、一生その本性を封じ込めてみせる。

 秋弦は、楓に噛みついたときの血の味を二度と味わいたくなかった。

「更姫が言うように、つがいが本能によって選ばれるものならば、つがいではないかもしれない楓を大事に想うのは、本能以上の何かがあるということになるのではないか?」

 真神のことも銀嶺の国のことも、つがいについても詳しく知らない秋弦には、更姫の言葉がどこまで真実か見分けることはできない。

 だが、抗いがたい魅力に屈して口づけを受け入れていても、確かに快楽は感じるが喜びは感じなかった。
 秋弦の心は、そこになかった。空っぽの器を欲望で満たしていただけだ。
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