キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 3

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 楓は、こんな時でも慎重に足元を確かめてほどよい速度で山を登る馬をじっと見上げた。
 鋭い視線に気付いた馬がハッとしたように顔を上げ、やにわに足を早める。

「え? お、おいっ」

 楓は、何かに追われるように必死で山を登る馬の後ろにぴたりと付いて、沸々と怒りを煮詰めていた。

 ――秋弦の子種を奪おうとする者は、たとえ神様であっても許さない! 浮気なんて、絶対に許さない!

 とにかく、一刻も早く銀嶺の国の者たちを問い詰めなくてはと先を急いだ春之助と楓は、ちょうどお天道様が中天を指す頃、山頂から少し銀嶺の国側へ下った場所にある山寺に辿り着いた。

 朽ちかけた山門は古びてボロボロになっていたが、ところどころに見事な彫り物が残っている。

 本堂はかろうじて屋根は残っているものの、障子はただの格子戸になり、縁側は腐り落ち、石畳は草に覆われてただの野原になっている。

 それでもしんとした空気はどこか澄んでいて、だからこそ、そこにただよう獣の臭いが鼻についた。

「人の気配はするようだが……」

 湧き水の傍に繋がれた馬が、人の訪れがあることを示している。

 山門の手前で立ち止まっていると、音もなく一つの陰が春之助の横に舞い降りた。

「殿は、中に。更姫もいます」

『狼たちに襲われたみたいだ』
『ちょっと面倒なことになっているみたいだ』

 右近と左近も現れて、楓の耳に囁いた。

『襲われたって! 面倒って! 秋弦さまは無事なのっ!?』
『怪我はしているけど、すぐ治ったと思うよ』
『うん。大丈夫だよ。身体はね』

 含みのある二人の言い方に、どういうことなのだと噛みつきそうになった楓だったが、急に空気が張り詰めたことに驚いて息を呑んだ。

「照葉の国の秋弦様をお探しでしょうか」

 いつの間にか、山門のところに灰色がかった白い髪の男がいた。
 鈍い銀とも見える灰色の瞳は、獰猛さを秘めて冷たく光っている。

「はい。ここへ向かう途中で姿が見えなくなり、もしや銀嶺の国の方に助けていただいたのではないかと思い、急いで参ったのですが……」

「ええ。途中、野犬に襲われているところをお助けいたしました。傷の手当も終わり、今は我が姫とじっくりお話されているところです」
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