キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 1

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 南西の国境で銀嶺の国の三の姫と会うという秋弦に付き従って山道を登っていた楓は、どうにも割り切れぬ思いに悩まされていた。

 秋弦は銀嶺の国の思惑を探るために、三の姫である更姫と会うと言っているが、何だかとっても嫌な予感がするのだ。

 つい、あれこれ言われるのがわかっていても、右近左近に一緒に行ってほしいと頼むくらいに……。

 楓は、秋弦が狼だろうと狐だろうと人間だろうとまったくかまわないが、秋弦はそうではないかもしれないということくらいは、わかる。

 それに、秋弦が真神という神様の器であるのなら、銀嶺の国とのつながりのほうが強いということになるのではないだろうかと思ってしまう。

 秋弦が狼の本性を持つというのなら、狐ではなく同じ狼の雌がいいと思うのではないだろうか、とも。

 どっちにしろ、秋弦が思い出してくれなければ、楓は秋弦とつがいになれない。

 約束は、覚えていなくては果たせない。

 ほんの少しでいいから、思い出してくれないだろうか。
 ほんの一部でいいから……。

 そう思いながら秋弦を見上げようとした楓は、「りぃん」という小さな鈴の音を聞いた。

 どこから聞こえて来たのかと辺りを見回した後、振り返るとすでに秋弦の姿は消えていた。

 忽然と、それこそ神隠しのように姿を消してしまったのだ。

『え……し、秋弦さまっ!?』

『どうしたの、楓?』
『なにかしたの、楓?』

 振り返った右近左近も、秋弦の姿がないことに気付くと目を丸くした。

「あ、兄上っ!?」

 春之助も驚いた様子で馬を下りて、楓の側に駆け寄る。

「楓殿、兄上はどこだっ!?」

『わ、わからないです……』

「おいっ! おまえたち、兄上の行方を探せっ!」

 姿を見せずに付き従っている影たちに命じた春之助は、犯人はわかっているのだから、乗り込むだけだと勇ましく言い切って、再び馬上へ戻る。

「楓殿、右近左近、兄上を攫ったのは銀嶺の国の者以外にあり得ない。とにかく、待ち合わせ場所まで行くぞ!」
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