105 / 159
狼の姫君と狐の姫君 9
しおりを挟む
「ああ……何てことを……こんなつもりではなかったのに」
長い睫毛を濡らし、赤い唇を震わせる女は秋弦の血濡れた頬を白く細い指で拭い、傷ついた腕を縛り、甲斐甲斐しく、だが素早く手当てを施していく。
その姿は照葉の国の女たちが着ているような着物ではなく、朱理と名乗った男が着ていたような簡素で動きやすそうなものだ。
しかも、その腰には大きな剣が携えられている。
「……銀嶺の……国の?」
痛みを堪えながら尋ねれば、女は大きく目を見開いて頷いた。
「そうだ。あなたと会うために来た」
もしかして、と秋弦が思ったのを見透かしたかのように、女は柔らかな笑みを浮かべて秋弦を覗き込むように屈みこむ。
息が触れるくらい唇を寄せて囁いた。
「私が……サラだ」
「更、姫……」
甘い匂いがして、秋弦の中に抗いがたい渇望が生まれる。
――今すぐ、目の前の女のすべてを食らいつくしたい。
金色の光に捉われて、絡め取られるままに重ねられる唇から与えられる快感を貪る。
どれほど貪っても足りない飢えに唸り声を上げれば、更姫は妖艶な笑みを浮かべて飢えの理由を告げた。
「あなたは、私の『つがい』なのだ。ようやく見つけた……」
「……つ、がい?」
何かが、秋弦の中で警鐘を鳴らす。
「ああ、そうだ。唯一無二。命も魂も、すべてを分かち合い、離れては生きていられぬもの。共にあるべき存在だ」
それを知っている、と秋弦の中の何かが訴える。
だが、失った血があまりに多かったせいか、更姫から香る甘い匂いが思考を麻痺させているせいか、探している答えを見つけられないままに、意識が遠のいていく。
りぃん、と小さな鈴の音を聞いたのを最後に、秋弦の意識は暗闇に閉じ込められた。
長い睫毛を濡らし、赤い唇を震わせる女は秋弦の血濡れた頬を白く細い指で拭い、傷ついた腕を縛り、甲斐甲斐しく、だが素早く手当てを施していく。
その姿は照葉の国の女たちが着ているような着物ではなく、朱理と名乗った男が着ていたような簡素で動きやすそうなものだ。
しかも、その腰には大きな剣が携えられている。
「……銀嶺の……国の?」
痛みを堪えながら尋ねれば、女は大きく目を見開いて頷いた。
「そうだ。あなたと会うために来た」
もしかして、と秋弦が思ったのを見透かしたかのように、女は柔らかな笑みを浮かべて秋弦を覗き込むように屈みこむ。
息が触れるくらい唇を寄せて囁いた。
「私が……サラだ」
「更、姫……」
甘い匂いがして、秋弦の中に抗いがたい渇望が生まれる。
――今すぐ、目の前の女のすべてを食らいつくしたい。
金色の光に捉われて、絡め取られるままに重ねられる唇から与えられる快感を貪る。
どれほど貪っても足りない飢えに唸り声を上げれば、更姫は妖艶な笑みを浮かべて飢えの理由を告げた。
「あなたは、私の『つがい』なのだ。ようやく見つけた……」
「……つ、がい?」
何かが、秋弦の中で警鐘を鳴らす。
「ああ、そうだ。唯一無二。命も魂も、すべてを分かち合い、離れては生きていられぬもの。共にあるべき存在だ」
それを知っている、と秋弦の中の何かが訴える。
だが、失った血があまりに多かったせいか、更姫から香る甘い匂いが思考を麻痺させているせいか、探している答えを見つけられないままに、意識が遠のいていく。
りぃん、と小さな鈴の音を聞いたのを最後に、秋弦の意識は暗闇に閉じ込められた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる