キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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狼の姫君と狐の姫君 7

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 空が徐々に白み始める頃、ようやく解放されたサトリが走り去ると春之助が起き出した。

「兄上。随分、早いですね? 眠れませんでしたか?」

「いや。楓と少し散歩をしたかっただけだ」

「……ふうん? そうですか」

 春之助の意味深な眼差しに、秋弦はむっとする。

「何だ?」

「いえ。お邪魔だったかと思っただけです」

「なっ……!」

「場所を変えるのも新鮮でよいという人もいるようですが、一応兄上は照葉の国主ですからね。節度というものも必要かと……」

 野外でコトに及んだのではないかと言う春之助に、秋弦は眉を吊り上げて怒鳴り返した。

「そこまで盛っていないっ!」

「そうですか。でも、今後劣情を催した場合は遠慮なく言ってください。一晩外で眠るくらいは何でもありませんので」

 あっさり納得された上に、追い出してくれて構わないと言われ、秋弦は開いた口が塞がらなかった。

 自分は一体、どんな人間だと思われているのだと俄かに不安が募る。

「は、春之助……私は別に、毎晩楓とそういうことをしたいとは……」

「兄上。発言には十分お気を付けください」

 ぴしゃりと言われ、その視線の先を追うと、じとっとこちらを見上げている楓と目が合った。

「夫婦の間で、その気にならないと軽々しく口にすれば、ゆゆしき問題に発展するということを、ゆめゆめお忘れなきよう」

 ――本当に春之助は自分よりも年下なのか? 

 思わず疑いの眼差しを向けた秋弦に、春之助はにっこり笑って応じた。

「城では、よい例をたくさん拝聴しますので……」


◇◆◇


 日が昇ると同時に、木こり小屋を出た秋弦たち一行は、山道へ入った。

 獣道とまではいかないが、そもそも往来の少ない道は歩き難い。鬱蒼と生い茂る樹木が日の光を遮り、湿った下草が足元を濡らす。

 人の気配のない山の中は、静寂だけではない、目に見えない力が満ちているようだ。

 荒い呼吸と一定にならない馬蹄の音だけを聴き、ところどころ馬を下りて急な勾配をいくつか越え、どれほどの時が過ぎただろうか。

 秋弦は、ふと「りぃん……」という微かな鈴の音を聴いた気がした。

「……?」

 俯いていた顔を上げれば、先を行っていたはずの右近と左近の姿がいつの間にか見えなくなっていた。

 振り返っても、後を付いて来ているはずの春之助の姿がない。
 左右を見渡しても、楓の姿がない。

 そして、あまりにも静かだった。

 何かがおかしいと気が付き、馬を下りようとしたとき、突然馬が棹立った。

 危うく転げ落ちそうになりながらもなんとか踏みとどまったところへ、木陰からゆらりと一体の灰色の狼が姿を現した。

 とっさに刀の柄に手をかけたが、気付けば褐色や灰色、黒色の狼に取り囲まれていた。

『噛み千切られたくなければ、大人しく従え』
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