キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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狼の姫君と狐の姫君 6

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 ぎょろりとした目から涙をこぼして「自慢の黒毛がぁ」と嘆く様に、秋弦は厳しく問い詰める気も失せてしまった。

「で、毛を守るために照葉の情報を売ったのか?」

「う、ううう……」

「おまえの名は?」

「さ、サトリと申します……」

 しおらしくなった妖に、右近左近は呆れ顔だ。

「サトリ。おまえは、私を襲えと言われたのか?」

「え、ええ。うまくやれればそれでよし、できなければ知らせろと……」

「逃げることは……」

「お、オレはこの山から離れられない……」

 妖の中には、その土地に住み着いているものもおり、自由自在に移動できないこともあるのだと訴える。
 秋弦は、じっと考えながらサトリを見つめた。
 しかし、サトリはじっと見つめ返すばかりで何も言わない。

「……おい、考えを言い当てるのではなかったのか?」

 痺れを切らして尋ねると、ハッとした表情で問い返される。

「へ? 今ですか? あの……もう一度……」

「もういい。取り敢えず、向こうには私が山へ入ったことを伝えろ。殺そうとしたが、感づかれたとでも言えばいい。ただし、明け方間近にするんだ」

「え、しかし……」

『秋弦さま!』

 悪者は退治すべきだと、くわっと口を開く楓にやや仰け反りながら、秋弦はこれも作戦の内だと説明した。

「明日にでも狙って来るとわかったほうがいい」

 いつ狙われるかと怯えるよりも、襲われるとわかっていて身構えたほうがいい。

 そう説明すると、楓はいかにも不満そうにジロリとサトリを睨んだが、秋弦の決めたことに逆らうつもりはないと引き下がった。

「右近、左近。サトリを放すのは明け間近にしてくれ」

『ええーっ! 眠いよう!』
『狐使い荒いっ!』

「そんなことしなくとも……」

 サトリも、信用してくれと揉み手をして訴えたが、秋弦は却下した。

「今、とっとと逃げ出そうと思っただろう? あちらに情報を届けて、さっさと逃げようと思っただろう?」

「…………」

「私も熟睡はしない」

 秋弦は、横にはならず板壁に寄りかかるようにして刀を抱えて座った。

 楓は、サトリがいる間は他の人間たちが起きてこないと見て、くるんと前に一回転すると人間の姿になって、荷物の中からいそいそと朱漆の小さな弁当箱を取り出してきた。

「秋弦さま。おひとつどうぞ」

「草餅か」

 わざわざ持って来たのかと驚いたが、疲れた体は甘い物を欲していた。

 いつもは半分だが、楓と一個ずつ食べ、右近左近にも一個ずつ渡してやる。

 ほんのりと甘い餡を味わいながら、ヨモギの香りに浸っているとサトリが「ううっ」と呻いた。妖はヨモギが嫌いらしい。

 小腹が満たされると、ぴたりと寄り添った楓の温もりに心地よい眠気を誘われて、秋弦はうつらうつらしながら、夜明けを待った。    
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