キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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狼の姫君と狐の姫君 5

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「オレのこと、見たことがないと思っただろう?」

「ああ」

『お客様ですか。秋弦さま』

 楓が素早く秋弦の横に寄り添い、右近左近も『なんだよう……』『ねむいよう……』と渋々起き上がった。

「何の用だと思っただろう?」

「そうだな」

「早く言えと思っただろう?」

「ああ」

「用がないなら寝る……と思っただろう?」

 一向に話が先に進まない遣り取りに、秋弦は欠伸を噛み殺し、頷いた。

「すまんな。旅の疲れもあって、眠くてしかたがない。急ぎの用でなければ、後日、改めて照葉城へ来てくれるか?」

「……」

『あまりよくない妖だけど』
『追い払ったほうがいいけど』
『そいつ、隙を見てお殿さまをパックリ食べるけど』
『五十年くらい前には、ふたり食べているけど』

 右近左近の言葉に、秋弦は沈黙した妖に尋ねながらさりげなく手元に刀を引き寄せる。

「そうなのか? 照葉の民に害をなすようならば、見逃せんな」

「五十年前のは盗賊だ! ……今おまえ、バッサリやろうとおも……うわぁっ!」

 粗末なボロ小屋なだけに、障害物が何もないので、秋弦はぼそぼそと言い訳する妖に向けて、問答無用で刀を振り下ろした。

「な、ななななっ! おま、おまえっ! 今、オレを斬ろうとしただろうっ!」

「その通りだ。ちなみに、次は……」

 突き刺したほうがよかったかと、刀を水平に構えた秋弦を見て、毛むくじゃらの妖は縮み上がって梁の上へと飛び上がる。

 しかし、右近と左近がすかさず左右から飛かかり、そのまま妖を引きずり下ろした。

『逃さないよ』
『無駄だよ』
『秋弦さまを食べようとした……? 許すまじ!』

 右近左近に押さえつけられた妖に、楓が牙を剥いた。

 迫力満点の顔を突き付けられた妖は縮み上がり、秋弦もちょっとばかり後退りした。

「ひえぇっ」

「で、本当にそれだけの用なのか?」

 単に秋弦を食らおうと思って出て来たのかと改めて問うと、妖は「違う……」と呟いた。

「や、山に、よそ者が入り込んでいるから、知らせようと思っただけだ。てっぺんあたりの廃寺に、獣くさいのがいる。血の臭いをぷんぷんさせている」

「銀嶺の国の者だな」

「神使もいる」

「随分詳しいな? さては、おまえ先に向こうに顔を出して追い払われたのか?」

「えっ! な、なんでそれを……」

「向こうは鼻の利く狼がそろっているからな。危うく食われそうになったのだろう?」

「そ、その通りだ……」

「大方、照葉の殿さまが来たら、知らせるように脅されたのではないか?」

「うっ……」

「さらには、道案内するように言われたか」

「そっ……その……」

『観念しなよ』
『お見通しだよ』
『嘘を言うなら、毛を毟ります』

 楓の手が毛むくじゃらの腕にかかった途端、妖は這いつくばって謝った。

「す、すみませんっ! 怖くてよそ者の言うことを聞いてしまいましたっ! ひ、人の考えを言い当てるはずが……火の付いた薪をバチバチはねさせて、火の粉で自慢の毛を縮れっ毛に……毎日丹念に櫛でとかしてサラサラツヤツヤだったのに……」
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