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狼の姫君と狐の姫君 3
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十年前のかどわかしの際に秋弦が世話になったということで、秋弦の父からは大量の油揚げなどのお供え物が届けられていたし、今でも毎年国主として定期的に供物を届けさせているが、秋弦自身は直接伊奈利山を訪れてはいない。
伊奈利山の主でもある天狐の葛葉に会えることなら会って、直接礼を言いたいし、楓のことも話したい。
「そうだな」
秋弦が春之助とそのための日程を組めるかどうか検討していると、楓が鼻先で背中を突いてきた。
「どうした? 楓」
『秋弦さま。訊ねてみなくてはわからないのですが、二匹黒狐を連れて行ってもよいでしょうか?』
「黒狐?」
『右近と左近です』
「ああ、小伊奈利神社の……」
『はい。機転が利く上に、人にも慣れていますので、ご迷惑にはならないかと……』
一度秋弦のもとを訪れた双子のような少年たちの姿を思い浮かべ、秋弦は頷いた。
「力を貸してくれるなら、ありがたい」
◇◆◇
更姫との顔合わせを了承する文が届いた翌日。
秋弦は、春之助と少数の護衛、楓と共に日が昇り切る前に馬で城を出た。
伊奈利山は通り道からやや北側に位置するため、帰りに立ち寄ることにし、国境へ真っ直ぐ向かったが、急ぎでも二日はかかる。
楓と右近左近、狐たちの足がどれくらいのものなのかわからなかったが、馬を飛ばしても遅れずに付いてくるあたり、やはり普通の狐ではないのだと改めて感心した。
二日目の日暮れにようやく山の麓へ辿り着き、無人の木こり小屋で一夜を明かすことにした。
秋弦も春之助も、板壁から隙間風が入り、屋根からは星が見えるような場所で眠ったことはなく、不便ながらも新鮮な驚きを楽しみながら眠りについた。
しかし、秋弦は真夜中になって「ポンッ」という鼓の音で起こされた。
むくりと起き上がれば、囲炉裏に青白い炎が灯り、ぼうっと粗末な小屋の中を照らす。
「今、こんなところにまで来なくともと思っただろう?」
まさに、今思っていたことを言い当てられ、秋弦は目を見開いた。
小屋の片隅に全身黒い毛に覆われた猿のようなものが蹲っており、ぎょろりと光る目が見えた。
伊奈利山の主でもある天狐の葛葉に会えることなら会って、直接礼を言いたいし、楓のことも話したい。
「そうだな」
秋弦が春之助とそのための日程を組めるかどうか検討していると、楓が鼻先で背中を突いてきた。
「どうした? 楓」
『秋弦さま。訊ねてみなくてはわからないのですが、二匹黒狐を連れて行ってもよいでしょうか?』
「黒狐?」
『右近と左近です』
「ああ、小伊奈利神社の……」
『はい。機転が利く上に、人にも慣れていますので、ご迷惑にはならないかと……』
一度秋弦のもとを訪れた双子のような少年たちの姿を思い浮かべ、秋弦は頷いた。
「力を貸してくれるなら、ありがたい」
◇◆◇
更姫との顔合わせを了承する文が届いた翌日。
秋弦は、春之助と少数の護衛、楓と共に日が昇り切る前に馬で城を出た。
伊奈利山は通り道からやや北側に位置するため、帰りに立ち寄ることにし、国境へ真っ直ぐ向かったが、急ぎでも二日はかかる。
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二日目の日暮れにようやく山の麓へ辿り着き、無人の木こり小屋で一夜を明かすことにした。
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しかし、秋弦は真夜中になって「ポンッ」という鼓の音で起こされた。
むくりと起き上がれば、囲炉裏に青白い炎が灯り、ぼうっと粗末な小屋の中を照らす。
「今、こんなところにまで来なくともと思っただろう?」
まさに、今思っていたことを言い当てられ、秋弦は目を見開いた。
小屋の片隅に全身黒い毛に覆われた猿のようなものが蹲っており、ぎょろりと光る目が見えた。
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