キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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狼の姫君と狐の姫君 1

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「殿。文が届きましたぞ!」

 銀嶺の国の使者が訪れてから五日ほど過ぎた四ツ時。

 いつものように楓を横に置き、大広間での謁見を始めた秋弦のもとへ、手に文を持った角右衛門がドタバタと騒がしい足音と共にやって来た。

「銀嶺の国からか?」

 思い当たる相手は一つしかないと問えば、角右衛門は大きく頷く。

「はい、左様で。この早さからして、先方は、事前に策を考えていたものと見えまする」

「そうだろうな。五日でここと銀嶺の国を行き来するのは無理だ。国へ戻って協議すると見せかけただけだろうな」

 角右衛門の言う通り、銀嶺の国側は秋弦の出方によってどう対応するのかを事前に決めていたのだろう。

 使者を務めた朱理が、自分の一存では決められないと言ったのは、準備を整えるための時間稼ぎにすぎない。

 一時謁見を中断して文を広げると、縁談の前段階としての顔合わせをしたいという秋弦の要望に対して、承諾したという旨が、延々と連ねられた美辞麗句の後に記されていた。

 銀嶺の国側としては、南西の国境まで出向くが、更姫には山越えをするだけの体力はないため、銀嶺の国側の山頂付近にある寺で落ち合いたいとのことだった。

「まぁ、妥当なところだな」

 秋弦が、指定された場所へ向かうことにすると言うと、角右衛門が苦い顔になる。

「地の利が向こうにある場所での会談は、いかがなものかと」

「角右衛門殿の仰るとおりです。罠に決まっています」

「春之助……縁談の顔合わせで、さすがに暗殺はないだろう」

「目的は、殺すことではないかもしれません。兄上が縁談を断れないようにする、という手もあります」

 いくら何でも、無理強いはできないだろうと秋弦が呆れた眼差しを向けると、春之助は真顔でとんでもないことを言い出す。

「兄上の手が付いた、子が出来たかもしれないと言われれば、逃げられません」

「そんな馬鹿な……」

「美人局というものを知っていますか? 兄上。世の中では、よくある手です」 

「いや、それにしても私が手を付けなければいいだけの……」

 自分が理性を失わなければいいのだろうと秋弦が反論しかけるのを春之助が遮る。

「一服盛られて、前後不覚に陥ったところを無理やり、というのもよくある手です」

 ――何となく、似たような状況には覚えがある……。
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