97 / 159
狼の姫君と狐の姫君 1
しおりを挟む
「殿。文が届きましたぞ!」
銀嶺の国の使者が訪れてから五日ほど過ぎた四ツ時。
いつものように楓を横に置き、大広間での謁見を始めた秋弦のもとへ、手に文を持った角右衛門がドタバタと騒がしい足音と共にやって来た。
「銀嶺の国からか?」
思い当たる相手は一つしかないと問えば、角右衛門は大きく頷く。
「はい、左様で。この早さからして、先方は、事前に策を考えていたものと見えまする」
「そうだろうな。五日でここと銀嶺の国を行き来するのは無理だ。国へ戻って協議すると見せかけただけだろうな」
角右衛門の言う通り、銀嶺の国側は秋弦の出方によってどう対応するのかを事前に決めていたのだろう。
使者を務めた朱理が、自分の一存では決められないと言ったのは、準備を整えるための時間稼ぎにすぎない。
一時謁見を中断して文を広げると、縁談の前段階としての顔合わせをしたいという秋弦の要望に対して、承諾したという旨が、延々と連ねられた美辞麗句の後に記されていた。
銀嶺の国側としては、南西の国境まで出向くが、更姫には山越えをするだけの体力はないため、銀嶺の国側の山頂付近にある寺で落ち合いたいとのことだった。
「まぁ、妥当なところだな」
秋弦が、指定された場所へ向かうことにすると言うと、角右衛門が苦い顔になる。
「地の利が向こうにある場所での会談は、いかがなものかと」
「角右衛門殿の仰るとおりです。罠に決まっています」
「春之助……縁談の顔合わせで、さすがに暗殺はないだろう」
「目的は、殺すことではないかもしれません。兄上が縁談を断れないようにする、という手もあります」
いくら何でも、無理強いはできないだろうと秋弦が呆れた眼差しを向けると、春之助は真顔でとんでもないことを言い出す。
「兄上の手が付いた、子が出来たかもしれないと言われれば、逃げられません」
「そんな馬鹿な……」
「美人局というものを知っていますか? 兄上。世の中では、よくある手です」
「いや、それにしても私が手を付けなければいいだけの……」
自分が理性を失わなければいいのだろうと秋弦が反論しかけるのを春之助が遮る。
「一服盛られて、前後不覚に陥ったところを無理やり、というのもよくある手です」
――何となく、似たような状況には覚えがある……。
銀嶺の国の使者が訪れてから五日ほど過ぎた四ツ時。
いつものように楓を横に置き、大広間での謁見を始めた秋弦のもとへ、手に文を持った角右衛門がドタバタと騒がしい足音と共にやって来た。
「銀嶺の国からか?」
思い当たる相手は一つしかないと問えば、角右衛門は大きく頷く。
「はい、左様で。この早さからして、先方は、事前に策を考えていたものと見えまする」
「そうだろうな。五日でここと銀嶺の国を行き来するのは無理だ。国へ戻って協議すると見せかけただけだろうな」
角右衛門の言う通り、銀嶺の国側は秋弦の出方によってどう対応するのかを事前に決めていたのだろう。
使者を務めた朱理が、自分の一存では決められないと言ったのは、準備を整えるための時間稼ぎにすぎない。
一時謁見を中断して文を広げると、縁談の前段階としての顔合わせをしたいという秋弦の要望に対して、承諾したという旨が、延々と連ねられた美辞麗句の後に記されていた。
銀嶺の国側としては、南西の国境まで出向くが、更姫には山越えをするだけの体力はないため、銀嶺の国側の山頂付近にある寺で落ち合いたいとのことだった。
「まぁ、妥当なところだな」
秋弦が、指定された場所へ向かうことにすると言うと、角右衛門が苦い顔になる。
「地の利が向こうにある場所での会談は、いかがなものかと」
「角右衛門殿の仰るとおりです。罠に決まっています」
「春之助……縁談の顔合わせで、さすがに暗殺はないだろう」
「目的は、殺すことではないかもしれません。兄上が縁談を断れないようにする、という手もあります」
いくら何でも、無理強いはできないだろうと秋弦が呆れた眼差しを向けると、春之助は真顔でとんでもないことを言い出す。
「兄上の手が付いた、子が出来たかもしれないと言われれば、逃げられません」
「そんな馬鹿な……」
「美人局というものを知っていますか? 兄上。世の中では、よくある手です」
「いや、それにしても私が手を付けなければいいだけの……」
自分が理性を失わなければいいのだろうと秋弦が反論しかけるのを春之助が遮る。
「一服盛られて、前後不覚に陥ったところを無理やり、というのもよくある手です」
――何となく、似たような状況には覚えがある……。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる