キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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思い出と策略の日々 14

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『はい、秋弦さま』

 楓はごろごろと転がしていた雲外鏡を襖まで戻して立てかけてやった。

「ふぅ……なんだかお狐さまとお殿さまが二重に……」

「雲外鏡。元は照魔鏡だと言っていたが、映るのは真実の姿なのか?」

「へ? ああ、簡単に言えばその通りで。ですが、たとえばそこのお狐さまのように、人間に化けているときには白狐が映るという場合と、本性が恐ろしい姿を取って見えるという場合が……」

「本性?」

「たとえば、邪なことばかりを考えている人間は悪鬼の姿が見えるというような……」

「どうやって見分けるんだ?」

「それは本人次第で。化けていないのなら、本性ってことに」

 それならば、自分の本性はあの恐ろしい狼ということなのかと秋弦が青ざめていると、楓がいきなり雲外鏡を咥えて秋弦の前にぐいっと差し出した。

『秋弦さま』

「――っ!」

 思いがけず鏡を覗き込んだ秋弦は、そこにやはり昨夜と変わらぬ恐ろしい狼の姿を見て声を失った。

 金に輝く毛並みと瞳。長い鼻と大きく裂けた口から覗く鋭い牙。尖った耳。

『淨春院さまの言う通り、秋弦さまは真神さまと繋がっているから狼の姿が見えるのですね、きっと。狼は、狐とは仲良くありませんが、秋弦さまは金色なので怖くないです。本当にお揃いだったのですね、うふふ……』

 楓は驚く様子は全くなく、むしろ十年前も本当にキツネ色でお揃いだったと嬉しそうに笑った。

 しかも、『もしかしたら、狼の秋弦さまとも交尾……』などと呟き、いきなり『きゃーっ』と叫んで畳の上を横向きに三回転し、火傷したところを打って「きゃん」と叫んで蹲った。

「楓っ!」

 慌てて様子を確かめれば、擦れて血が出るようなことにはなっておらず、秋弦はほっと胸を撫で下ろした。

『狼の秋弦さまがあまりにも凛々しくて、つい興奮してしまいました……』

 恐ろしいの間違いではないかと思ったが、狐の目から見ると違うのだろう。

 秋弦はふと、鏡の中に映る獰猛そうな狼を見つめながら、見る目が異なれば、違うものが見えるのかもしれないと思った。

「お殿さまのお考えのとおりで。やましいことがあれば、やましく見える。恐ろしいと思っていれば、恐ろしく見える。己の本性を知っていれば、別に何の珍しいこともない。ただの鏡でさぁ」

 雲外鏡は、凶悪な笑みを浮かべて宣った。
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