キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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思い出と策略の日々 13

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 今夜くらいはゆっくり眠らせてほしかったが、無視はできない。

 むくりと起き上がった秋弦は、青白い鬼火が行灯に入るなり、ごろんごろんと鈍い音を立てて現れたものを見て、顔を強張らせた。

「お殿さま。昨夜は大丈夫でしたかい?」

 襖のところまで転がってうまい具合に寄りかかった状態になった凶悪な顔の鏡は、昨夜秋弦が急に気を失ってしまったので心配していたのだと言う。

「元照魔鏡……」

 秋弦がぽつりと呟くと、鏡はもやもやした黒雲でぺちっと額のあたりを叩いた。

「こりゃ、失礼。名乗ってもいませんでしたっけ。手前、生国しょうごくは……」

「名を言え、名をっ!」

 再び長々と生国を説明し始めた鏡に、秋弦が肝心の名を言えと迫ると「雲外鏡うんがいきょうでさぁ」と答えが返ってきた。

『秋弦さま。雲外鏡とは、どんな鏡なのですか?』

 毛並みがちょっとハゲたことに落ち込んではいても、元来好奇心旺盛な楓はむくりと起き上がり、鏡を覗き込んだ。

『顔が見えます』

「ひっ! 神使さま……い、伊奈利山の葛葉様はご健勝であらせられ……ええっと、そのう……ご、ごきげん麗しく……?」

 雲外鏡は、楓に対しては秋弦に対するよりもかなり腰が低かった。

『黒いのはふわふわしていますけれど、鏡は固いのでしょうか?』

 楓が鏡の縁を甘噛みしても、黙って耐えている。

『食べられませんし、普通の鏡のような……? 上や下が決まっているのでしょうか?』

 白狐の楓が覗いても、鏡にはその通りの姿が映るだけのようだ。

 秋弦は、もう一度試してみたいような、もう二度と覗き込みたくないような、どっちつかずの気持ちのまま楓が容赦なく前足で雲外鏡をごろんごろんと回すのを眺めていた。

「え、ええっと、お、お狐さま……上も下もありはしませんが、目が回るんで……」

『そうなのですか? じゃあ、もっと早く回してみます』

「そ、そうじゃなく!」

 すっかり楓の玩具と化している雲外鏡を見つめ、秋弦は見たくないものを避けるのはよくないと思い直した。

 五年前、十年前、真実から目を逸らしても何も解決しなかったのだ。

 同じことを繰り返してはいけないし、楓が傍にいてくれるならどんな姿であっても孤独ではないと思えるはずだ。

「楓。雲外鏡に、訊きたいことがある。回すのをやめてくれ」
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