キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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思い出と策略の日々 12

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『立派な白狐になるのが遅くて、秋弦さまが大変な思いをしていたときにも、お傍にいることができませんでした。秋弦さまのつがいと言いながら、私は役立たずです……』

 いつも前向きな楓が珍しく後ろ向きで落ち込むさまに、秋弦は慌てて慰める。

「何を言うんだ。楓が役立たずなわけがないだろう? 今日も助けてくれたではないか」

『でも……秋弦さまがひとりで寂しくて、つらい思いをされていたかと思うと……』

 確かに、ずいぶんと寂しくて、つらいこともあった。だが、それはすべて過ぎ去ったことだし、楓のせいではない。

 秋弦は、楓の隣に並んで寝転がりながら、その頭をゆっくりと撫でた。

「楓。今の私は、寂しくもないし、つらくもない。楓が昔の約束を忘れずに、私のところへ来てくれたからだ。以前は、あのかどわかしにまつわることは、思い出したくないと思っていたが、今は楓と出会ったときのことや、一緒に過ごしていたときのことを早く思い出したいと思う。つらい思いをしていたかもしれないが、それ以上にきっと幸せだったに違いないからな。楓が一緒にいてくれたのだから」

『……秋弦さま。では、ほかの女子に……狼女に、子種を注いだりはしませんか?』

 結局はそこか! と内心叫びながら、秋弦は楓がぺたりと倒した耳の間に口づける。

「私の子種は、楓のものだ」

 そう囁いたところで、障子が素早く開き、すぐに閉まる音がした。
 振り返れば、膳に載った握り飯が置いてあった。

◇◆◇

 楓は、落ち込んでいても食欲はあるらしく、ぺろりと握り飯を三つ平らげた後、そのまま夜着の外で丸くなって眠ろうとした。

 楓の火傷は夜になれば冷やす必要はないと奥医師にも言われていたので、秋弦は一緒に寝ようと言ったのだが、楓は頑なに夜着の足元から動かない。「気を遣ってゆっくり休めないと思うのです」「離れている方が気になって眠れない」などと、押し問答を繰り広げなくてはならなかった。

 最終的には、秋弦が「楓が添い寝してくれないと眠れない」と言って頷かせた。

「楓。痛くなったら、すぐに言うんだぞ」

 伏せられた耳元で囁くと、楓は金色の瞳でちらりと見上げ、頷いた。

 ひと晩ぶりのふかふかの毛皮を堪能しつつ、今夜は眠れそうだと思ったところで、「ポンッ」と鼓の音がした。
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