キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
85 / 159

思い出と策略の日々 5

しおりを挟む
「そんなわけはない。命を狙っているふりをし続けながら、一度も本気で手を下そうとしなかったのに……巧妙に、どの一件も犯人がわからぬように細工していたのに、あんなすぐにバレるような、迂闊な真似をするはずがない!」

 秋弦は、自分の命を狙うものが複数いると常に感じていた。

 手口が粗雑な時と、巧妙な時があり、とても同じ人間が企んでいるとは思えなかった。
 しかも、粗雑な手口の割に、犯人が見つかることはなかった。

 秋弦を害することには失敗するくせに、証拠や手掛かりはいつも綺麗に消されていた。

 お光が命を落とした、最後の一件を除いて――。

 そして、秋弦がどうしても淨春院が真の犯人だとは思えずにいた決定的な理由がある。

「あなたがあのような真似をするはずがないんだ。なぜなら……あの日は、春之助が生まれた日だったのだから」

 秋弦が好かれてもいない母からの呼び出しを訝しく思いながらも訪れたのは、父が淨春院と春之助のために祝いの席を設けることで、母が苦しい思いをするのではないかと思ったからだ。

 淨春院はじっと黙って床に転がる匂い袋を見つめていたが、ふっと諦めたように苦笑した。

「あんたは、昔から敏い子だったよ。鼻がよく利くし、耳もいい。おまけに、金の目は隠し事も暴く。人の心がわかりすぎるほど、わかっちまう。それが……憐れでねぇ」

 秋弦が淨春院と直接言葉を交わしたのは、ほんの二、三度。挨拶程度だ。

 それでも、春之助が秋弦に懐いているのを咎める言葉は口にしても、会うのをやめさせることはしなかった。

「あの日、お光があんたを呼び出したと知ったのが直前でね。お光やあいつらに知られていない『影』を見つけて、お光が飲むはずだった飲んでも死なない毒入り茶と、あんたが飲むはずだった間違いなく死ぬ毒入り茶をすり替えさせるのが精一杯だった」

 秋弦は、さほど衝撃を受けていない自分を顧みて、ずっと前から真実を知っていたのに、やはり自分は目をつぶりたかっただけなのだと思った。

 母は、死の間際に秋弦の無事を喜ぶのではなく、「なぜ?」と問うた。

 「なぜ、おまえは生きているのか?」と問うたのではないと、信じたかった。

 これまでのように、誰かの手に委ねるのではなく、自ら手を下すほどに憎まれているなどと、思いたくなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜

白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか? ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】似て非なる双子の結婚

野村にれ
恋愛
ウェーブ王国のグラーフ伯爵家のメルベールとユーリ、トスター侯爵家のキリアムとオーランド兄弟は共に双子だった。メルベールとユーリは一卵性で、キリアムとオーランドは二卵性で、兄弟という程度に似ていた。 隣り合った領地で、伯爵家と侯爵家爵位ということもあり、親同士も仲が良かった。幼い頃から、親たちはよく集まっては、双子同士が結婚すれば面白い、どちらが継いでもいいななどと、集まっては話していた。 そして、図らずも両家の願いは叶い、メルベールとキリアムは婚約をした。 ユーリもオーランドとの婚約を迫られるが、二組の双子は幸せになれるのだろうか。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...