キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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浮気ものへのおしおき 10

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『一昨夜のものと同じ気がするのですが……淨春院さまは、秋弦さまは知らないはずだと仰っていましたが、どこかで同じものを?』

――淨春院はやはり知っていた。

 秋弦は、五年前から抱いていた疑念がひとつ晴れた代わりに、思い出さないようにしていたことを思い出した。

 あの文箱にこれを収めていた母のお光はずっと、自分にそっくりな息子の秋弦が異形であることを嘆いていた。

 打たれたことも、怪我をさせられたこともなかったけれど、嫌われていたと思う。

 なぜなら、何度もかどわかしや不自然な事故に見舞われ、毎回父の手で助けられるたびに、その顔に浮かぶのは喜びと失望の入り混じった複雑な表情であり、秋弦の無事を心の底から喜んでいないことを知らせていたからだ。

 あの時も――。

 ひと月ほど行方不明になっていたときも、秋弦が城から攫われてから伊奈利山の麓で発見されるまでの一切を覚えていないと知ったとき、お光は真犯人を追求する何の手掛かりもないことを嘆くのではなく、ほっとしたように安堵の笑みを浮かべた。

――まるで、思い出してほしくないとでも言うように。

 秋弦の中で、今まで繋がらなかった断片的な記憶が、明かりに群れる蛾のごとく固まり、一つの形を成す。

 あのかどわかしについて、城を出たところからの記憶がないだけで、すべてを覚えていないわけではない。

 あの日、秋弦を見知らぬ男たちへと引き渡した人物は、秋弦を迎えに来た人物と同じ匂いがした。
 
 今、秋弦が手にしている匂い袋と同じ香り。無意識のうちに覚えている、決して忘れられないその匂いは……。

『秋弦さま。私は、秋弦さまがつらい思いをなさるなら、思い出さないほうがいい、忘れてしまったほうがいいと思います。十年前のことも。でも……私との約束だけは思い出してほしいと、身勝手なことを願ってしまいます……』

 秋弦が沈黙しているのは、思い出そうと必死になっているからとでも思ったらしい。
 楓は俯いていじらしいことを呟いた後、やおら顔を上げて叫んだ。

『でもっ! 忘れてしまっていても、秋弦さまは私のつがいです! 他に子種をまき散らすなんて、一滴たりとも駄目ですっ!』
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