キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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浮気ものへのおしおき 1

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「どこへ行ったんだ?……楓」

 秋弦は、暗がりの中、冴えわたった目で天井を見つめて、呟いた。

 楓は、依然行方不明のままだった。

 銀嶺の国の使者たちは城下に宿を取っていたため、夕餉を振舞った後、明日の朝には秋弦がしたためた返事を宿へ届けると約束して送り出し、ようやく落ち着いたときにはすっかり夜も更けていた。

 ちょうど使者たちがやって来た頃に、門番が飛び出していく楓の姿を目撃していたが、行き先は不明だ。

 春之助や角右衛門には「何も言わずに出て行ったということは、すぐに戻ってくるつもりなのでしょう」と言われたが、安心することなどできなかった。

 甘いものでも食べれば気分が落ち着くかもしれないと思い、いつもは楓と半分にしている草餅を丸々一個食べてみても、楓の不在を味わっただけだった。

 楓とは、十年前に会っているとはいえ記憶になく、再会してから半月も経っていない。

 それなのに、半日姿が見えないだけで不安が募り、二度と会えないのではないかと焦燥感に駆られる。手を伸ばせば楓の温もりに触れられるのが当たり前だと、いつの間にか思っていた。

 秋弦を苛むのは、飢餓感だ。

 あの柔らかい身体を食らわずには、満たすことのできない飢えだ。

 目を開けていれば、いつでもその姿を探してしまうから、とにかく寝てしまおうと思って夜着に包まって横になってみたが、眠気は一向にやって来ない。

 何度目かの寝返りを打ったところで「ポンッ」と鼓の音が聞こえ、秋弦は飛び起きた。

 ぼうっと行灯が青白く光ると、ゴロンゴロンと鈍い音を立てて黒い雲のようなものをまとった円盤が畳の上を転がって行き、襖に激突した。

 楓ではないことを知ってがっかりした秋弦の耳に「おっと……しまった、しくじった!」という緊張感の欠片も感じられない声が聞こえた。

 まとわりつくもやもやした黒雲は役に立たないのか、ばたんと倒れたままジタバタしている。

 ひっくり返った亀状態で放置するのも気の毒なので、つかつかと歩み寄り、襖に立てかけてやった。

「これはとんだご面倒をおかけしちまって……かたじけねぇ」

「いや。して、何用だ?」

 灰色に濁った円盤は鏡のようだ。

 うっすら凶悪そうな顔が浮かび上がっていたが、律儀に礼を言い、改まった様子でいきなり口上を述べ始めた。
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