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山寺のひみつ 8
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秋弦の父親は隠居したものの、まだ生きている。
側室なら一緒に隠居するものではないのかと問うと、淨春院は苦笑した。
「五年前、惣一朗の母親を殺したことになっているからだよ。もちろん惣一朗もまとめて殺すつもりだったことになっている。十年前の惣一朗のかどわかしも、私がやったことになってるねぇ。本当なら打ち首になるところだけど、優しいお殿さまは、憎い女の命を助けてくれたんだよ」
「ええと……」
淨春院の物言いは、まるでそうではないのに、そうなっていると言っているように聞こえると楓は首を捻る。
「本当は、やってないの……?」
「まぁ、殺せばすっきりするだろうとは思っていたさね。でも、思うのと、実際にやっちまうのとは、大違いだ」
それならば、どうして罪を被るような真似をしたのかと問う視線を向けると、淨春院は溜息を吐いた。
「憐れでねぇ……」
誰が、どうして憐れだというのか、さっぱりわからない。
それに、誰が何のために秋弦とその母を殺そうとしたのかも、さっぱりわからない。
尼僧は首を右へ左へと傾げる楓の様子に諦めの溜息を吐いて、懐から懐紙に包まれたものを取り出した。
「真神の神使が、つなぎを付けるために使っているものだ」
差し出された懐紙を受け取って開いた楓は、そこに昨夜とそっくり同じ、小さな白い牙を見た。
「狼の牙だよ。まずはこれを相手の目に付く場所に置いて、相手が外へ投げ捨てると今は会えないというしるし。持ったままだと会うというしるしになる。持ったままでいると、そのうち現れる」
「昨夜、これを見た秋弦さまの様子が、おかしくなりました」
「まぁ……あの子が直接目にするはずはないんだが、どこかで見ていたかもしれないね」
どこで見たかを思い出せば、もしかしたら秋弦が豹変した原因や理由もわかるのかと楓が尋ねると、淨春院は「さあね」と肩を竦めた。
「時には、思い出さないほうがいいこともあるだろうさ。忘れてしまったほうがいいこともある」
何だかよくわからないが、このままでは淨春院は罪を被ったままになるだろう。
それでいいのかと楓が尋ねると、淨春院はふと舞い落ちる桜を見上げた。
「しようがないさ。だって……春之助は、あの子のことが大好きだからねぇ」
そう呟いた淨春院は、伝法な口調に似合わず、尼僧らしく清々しい笑みを浮かべていた。
側室なら一緒に隠居するものではないのかと問うと、淨春院は苦笑した。
「五年前、惣一朗の母親を殺したことになっているからだよ。もちろん惣一朗もまとめて殺すつもりだったことになっている。十年前の惣一朗のかどわかしも、私がやったことになってるねぇ。本当なら打ち首になるところだけど、優しいお殿さまは、憎い女の命を助けてくれたんだよ」
「ええと……」
淨春院の物言いは、まるでそうではないのに、そうなっていると言っているように聞こえると楓は首を捻る。
「本当は、やってないの……?」
「まぁ、殺せばすっきりするだろうとは思っていたさね。でも、思うのと、実際にやっちまうのとは、大違いだ」
それならば、どうして罪を被るような真似をしたのかと問う視線を向けると、淨春院は溜息を吐いた。
「憐れでねぇ……」
誰が、どうして憐れだというのか、さっぱりわからない。
それに、誰が何のために秋弦とその母を殺そうとしたのかも、さっぱりわからない。
尼僧は首を右へ左へと傾げる楓の様子に諦めの溜息を吐いて、懐から懐紙に包まれたものを取り出した。
「真神の神使が、つなぎを付けるために使っているものだ」
差し出された懐紙を受け取って開いた楓は、そこに昨夜とそっくり同じ、小さな白い牙を見た。
「狼の牙だよ。まずはこれを相手の目に付く場所に置いて、相手が外へ投げ捨てると今は会えないというしるし。持ったままだと会うというしるしになる。持ったままでいると、そのうち現れる」
「昨夜、これを見た秋弦さまの様子が、おかしくなりました」
「まぁ……あの子が直接目にするはずはないんだが、どこかで見ていたかもしれないね」
どこで見たかを思い出せば、もしかしたら秋弦が豹変した原因や理由もわかるのかと楓が尋ねると、淨春院は「さあね」と肩を竦めた。
「時には、思い出さないほうがいいこともあるだろうさ。忘れてしまったほうがいいこともある」
何だかよくわからないが、このままでは淨春院は罪を被ったままになるだろう。
それでいいのかと楓が尋ねると、淨春院はふと舞い落ちる桜を見上げた。
「しようがないさ。だって……春之助は、あの子のことが大好きだからねぇ」
そう呟いた淨春院は、伝法な口調に似合わず、尼僧らしく清々しい笑みを浮かべていた。
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